こにしき(言葉・日本社会・教育)

関西学院大学(2016.04~)の寺沢拓敬のブログです(専門:言語社会学)。

『言語政策リサーチメソッド・実践ガイド』ログ(11章から15章)

引き続き、上掲書の読書ログ(=読書をしたという事実を記録するログ)。

11章 The Economics of Language Policy. Francois Grin and Francois Vaillancourt.

言語経済学について書いてある。私自身がよく知っている分野なので、とくにログをとる必要なし。


12章 Analyzing Language Policies in New Media. By Helen Kelly-Holmes.

こんな研究分野もあるんだなあと驚いた論文だった(あまりいい意味ではない…)。

著者が提案しているのは、その名も「バーチャル・言語エスノグラフィー」 (virtual linguistic ethonography)。ウェブスペース(公式サイトやSNSなど)に入り込んで、そこでの言語使用を観察・記録・インタビュー(?)をするエスノグラフィーだという。

バーチャルエスノグラフィーは、Christine Hine の言葉で、2000年には教科書も出ている。 https://us.sagepub.com/en-us/nam/virtual-ethnography/book207267 しかしながら、日本語で検索してもほとんどヒットしない。

バーチャルエスノグラファーと聞いて、匿名掲示板の特定スレに四六時中貼り付いている人を想像した。

倫理的問題

サイバー空間の場合、境界が曖昧であり、したがって、「調査対象者 (participant)」を定義するのが普通のエスノグラフィーよりもより難しい。ということは、「調査しますよ。いいですか?」という合意を取り付けるのは格段に困難になる。その点で、倫理的問題のハードルは非常に高いはずだ。それについて、本論文は一応 "Data and ethical issues" という節を設けているが、そこでの倫理的問題に関する議論が腰砕け。(というか苦笑してしまったw)

While there are complex ethical issues involved in using virtual ethnography to investigate interaction and online communities, the use of this adapted model for examining language policy on the monologic Web fortunately raises fewer concerns. Lurking in cyberspace is easier than observing in physical space, since access to online corporate and institutional sites does not need to be negotiated in the same way as it would if a researcher wanted access to an offline institutional or corporate site in order to examine language policy. Another major advantage of virtual ethnography for investigating language policy is that the “field” can be accessed whenever the researcher has time, not just when participants have time and are available. While the issue of ethics is more crucial for research on the dialogic Web, it is still important to keep it in mind when looking at monologic content and examining top‐down policies, as in the current case (pp. 136f)


While による譲歩が2箇所あるが、この譲歩節の使い方、ぜんぜん譲歩になっていない(主節と意味上繋がってない)。編者に倫理的な点も書けと言われたけど、書くのがめんどくさかったのだろうか、アリバイ的に挿入しただけのようなフレーズだ(笑)。ちなみに、ethics/ethical issue に言及しているのは、上記の引用部分だけ(検索したから確実)。

要は「調査倫理をきちんと考慮しないといけないですけど、この手法には利点が多いですよ」と言っているんだが、前段と後段は別のトピックスである。

13章 Historical-Structural Analysis. By James W. Tollefson.

ジェームス・トレフソンの有名な歴史構造分析(と訳すのかな)。
分析では歴史と構造(というと曖昧だが「権力構造」という意味で使っている)が大事だよという話。
どう考えてもメソッドというより理論あるいは分析方針だと思うんだけど、それは本文でも述べられている。

ところで、歴史の語が分析名についている以上、歴史史料を中心にした研究は当然あるべきだが、そっち系の研究事例の紹介はあまりなく、エスノグラフィーなどが中心である――つまり、「現在」のデータに依拠しながら、そこから歴史的な条件を読み取るというタイプの研究。

この本、全体を通して、史料(二次史料含む)を用いた分析、歴史的過程に依拠した事例研究がかなり軽視されているので、本章あたりできちんと議論してもよかったのではないかと勝手ながら思った。

14章 Interpretive Policy Analysis for Language Policy. By Sarah Catherine K. Moore and Terrence G. Wiley.

解釈的政策分析 (IPA) というらしい。Dvora Yanow が提唱者。日本ではあまり有名ではないらしいが(ググっても日本語訳がヒットしない!)、国際会議なども開かれている。不思議・・・。
教科書が Sage の Qualitative Research Methodsシリーズから出ている。https://us.sagepub.com/en-us/nam/conducting-interpretive-policy-analysis/book9990


正直、よくわからなかった。いや、言ってることはよくわかるんだが、それはリサーチメソッドなのか・・・理論じゃないのか・・・という疑問ががが(これは上記のトレフソン「歴史構造分析」とも同じ問題)。


15章 Intertextuality and Language Policy. By David Cassels Johnson.

間テクスト性を重視した言語政策研究。クリステヴァバフチンを引いた理論的イントロから、経験的分析へ展開している。重要な視点だということに異論はないが、経験的分析に読み替えちゃっていいのかな?(ちょっとよくわからない)