こにしき(言葉・日本社会・教育)

関西学院大学(2016.04~)の寺沢拓敬のブログです(専門:言語社会学)。

原稿断片の墓場―2013年の小学校英語政策過程

みんなお待ちかね、原稿の墓場シリーズ!!!


2013年12月 グローバル化に対応した英語教育改善実施計画

ところで、早期化・教科化の提案は閣議決定である以上、非常に重いものである。 たしかに、前節でみたとおり、これまでも教育再生会議教育再生懇談会経済財政諮問会議などが早期化・教科化を提案していたが、いずれも私的諮問機関の提言止まりであり、閣議決定のような強い拘束力はなかった。

さて、その閣議決定を受けて、文科省はこの第二期教育振興基本計画を具体化することになる。 その英語教育版と言えるものが、2013年12月13日に出された「グローバル化に対応した英語教育改善実施計画」 である。

同計画の改革案は次の通り。 まず、小学校中学年から外国語活動のタイプの英語教育(計画書では「活動型」と表現されている)を週1~2コマ程度実施する。学級担任が中心に指導にあたるもので、「コミュニケーション能力の素地を養う」ことを目標とする。 一方、高学年では、「教科型」の英語教育を週3コマ程度実施する (毎日の帯学習(短時間学習)の時間帯を利用して授業時間を捻出することも可能)。 「初歩的な英語の運用能力を養う」のが目標で、主たる指導者は「英語指導力を備えた学級担任に加えて専科教員」とされた。

ついに文科省でも、早期化・教科化が、具体的に走り出したと言える。 そして、ここで示された雛形――つまり、中学年で外国語活動、高学年で教科――はそのまま次期学習指導要領改訂に反映されることになる。 もっとも授業時数などについてはこの計画のとおりにはならなかったが、そうしたマイナーチェンジに関しては、次節で検討していく。

教科化・早期化の閣議決定の謎

以上からわかるとおり、教科化・早期化について何ら言及がなかった中教審答申(2013年4月)から、第二期教育振興基本計画の閣議決定(2013年6月)へ、わずか2ヶ月の間に非常に大きな方向転換があったことがわかる。

教育再生実行会議

では、閣議決定の教科化・早期化というプランは一体どこから来たのだろうか。 当の閣議の議事録が公開されていないので実際のところはわからないが、素直に考えれば、教育再生実行会議(第二次安倍政権において内閣に設置された教育問題について議論する私的諮問機関。教育再生会議の事実上の後進)での審議を受けてのことだと考えられる。 実際、2013年5月28日に出された教育再生実行会議の第三次提言「これからの大学教育等の在り方について」では、「小学校の英語学習の抜本的拡充(実施学年の早期化、指導時間増、教科化、専任教員配置等)」という、上記の閣議決定とよく似た文言が登場している。

一方、教育再生実行会議のこの提言がどこから来たのかはきちんと明文化されていない。 そもそも、議事録を見る限り、審議の中で早期化・教科化が詳細に議論された形跡はないからである。 議題が非常に多岐にわたる(第三次提言のテーマはそもそも大学教育だった)にもかかわらず、審議期間がごく短かったこともあるが、小学校での英語教育に言及した委員はごくわずかであり、教科化・早期化を具体的に提案した委員は皆無だった。 にもかかわらず、5月8日の第7回会議の配布資料「大学教育・グローバル人材育成についての委員の主な意見」には、「小学校高学年において英語を教科化し、小学校における英語教育を充実すべき」と記される(ただし、早期化についての言及はない)。 そして、翌第8回の会議(5月22日)で第三次提言素案に、教科化・早期化が盛り込まれる。

産業競争力会議

他方、教育再生実行会議とは別組織である内閣の日本経済再生本部・産業競争力会議においても、教科化・早期化の提言がある。同会議第12回(6月12日)の「成長戦略」および、それをもとにした閣議決定「日本再興戦略」(6月14日)がそれである。 「日本再興戦略」の該当部分を引用する。

"小学校5、6年生における外国語活動の成果を今年度中に検証するとともに、小学校における英語教育実施学年の早期化、指導時間増、教科化、指導体制の在り方等や、中学校における英語による英語授業の実施について、今年度から検討を開始し、逐次必要な見直しを行う。"

同日に同じく閣議決定された第二次教育振興基本計画と似た表現が並んでいる。 産業競争力会議の早期化・教科化プランは、同会議の下位部会である「テーマ別会合・人材力強化・雇用制度改革」(2013年3月~4月)に端を発すると考えられる。 委員の意見をとりまとめた資料(第4回産業競争力会議配布資料「人材力強化・雇用制度改革について テーマ別会合主査長谷川閑史」)のなかに、「小学校 1 年生からの英語授業の実施検討開始」という提案がある。 ただ、これは3月6日の会議のまとめだと思われるが、同会議の議事要旨を見ても、該当する発言は見当たらない。

自民党の政策動向

政権与党自民党の文教政策論議の影響もよくわからない。 自民党教育再生実行本部の2013年4月8日の提言が、教育改革に大きな影響を与えたことはよく知られており、実際、大学英語入試への外部試験(TOEFL等)の導入は自民党の提案を反映したものと考えられる[BIBLIO]。 一方で、同提言には小学校英語の早期化・教科化は盛り込まれていない。

一方、自民党日本経済再生本部の中間提言(5月10日)には早期化の言及がある。 冒頭の概要説明で「若者の国際性を高め、英語コミュニケーション能力を向上させるため、小学校での英語教育開始学齢の引き下げ」を推進するとある。 ただし、概要にあった小学校英語改革プランは、本文には見当たらない。 この事実にも垣間見られるが、きちんとした推敲がないまま発表されてしまったという印象が強く、真剣に検討されたようには感じられない。

内閣・自民党の政策会議の影響は?

官邸および自民党の会議の状況を長々と見てきたが、結論として言えるのは、2013年6月に閣議決定された早期化・教科化プランがどこから出てきたのかよくわからないということである。 少なくともオープンな会議で詳しい審議は行われなかったことは確かだろう。

もう一点指摘できることは、財界人が具体的な政策形成に影響力を発揮し始めた点である。 これ以前にも、財界からの英語教育への要求は幾度となくあったが、それはあくまで一般的かつ象徴的なものにとどまっており、文科省に具体的な英語教育プログラムの施行を要求することはなかった。 事実、外国語活動は、財界が望んでいた「教科としての英語の早期化」とは異なる形で政策形成がなされたことは前章で見たとおりである。

一方、2013年の英語教育政策論議では、教育再生実行会議や産業競争力会議に委員として参加した財界人の存在感が非常に大きい。 たとえば、当時の教育再生実行会議の委員15名のうち、企業経営者は3名であり、しかもそのうちの2名は教育産業ですらない。 この割合は、これまでの中教審の英語教育関係の会議と比べると異様なほど高い。たとえば、前章で扱った外国語専門部会(2004-2007)には企業経営者は一人もいなかった。 議事録を見ても、ビジネスの視点から英語教育を論じる委員が非常に目立つ。 いかにグローバル化時代で日本が生き残るには英語教育が重要か、その点で「旧態依然」の英語教育が経済成長の足かせになっているかという訴えである。