ビリーフ研究・BALLI質問紙
外国語教育研究の分野には、学習者ビリーフ研究という分野がある。そのパイオニアのひとりが、Elaine K. Horwitz という人で、1980年代に、Beliefs About Language Learning Inventory (通称 BALLI)と呼ばれる質問紙を開発している。
このBALLI質問紙は、非常によく使われているものではあるのだが、現物を見てもらえればわかるとおり、けっこう素朴な作りになっている。じっさい、その妥当性や統計的な信頼性に対して疑問が出されている(e.g. Kuntz 1996)
ただし、BALLI質問紙の利点のひとつは、(妥当性・信頼性はどうであれ)広く普及したことにあると思う。同質問紙を使った先行研究の多くは、オリジナルの質問紙をほとんどそのまま使っているものも多いので、異なる研究間の比較がかなりやりやすくなっている。
「私の国の人は外国語が得意」
たとえば、BALLI質問紙には、「私の国の人は、外国語が得意だ」という設問がある。もし、回答者が日本国民であれば、「『日本人』は外国語が得意だ」となるだろう。これに対して、ふつうは「強く同意」「同意」「不同意」「強く不同意」のように答えさせる形式だ。
今回はとりあえず、これをいくつかの先行研究で比較してみたい。
ただし、設問のワーディングこそほぼ一緒で「私の国の人は外国語を学ぶのが得意だ」であるが、選択肢がバラバラである。
- 4段階「強く同意←同意―不同意→強く不同意」
で聞いているものもあれば、
- 5段階「強く同意←同意―どちらともいえない―不同意→強く不同意」
できいているものもある。
しかも、論文によっては、上記の選択肢それぞれの分布を提示しているものもあれば、上記を連続尺度と見なして平均値だけ提示しているものもある。そして、さらにミスリーディングなことに、「同意」と「不同意」の順序関係が正反対になっているものもある。こういう事情から、ここでは統一化した基準を用意しておかないと、比較できない。
というわけで、次のように、「同意度」を定義する。(以下、けっこう強引な操作化をしてますが、生データの分布を提示しない論文があったせいなので、僕が悪いわけではありません、笑)
- 「強く不同意」を0点、「強く同意」を100点に置き換える。
- 中間的な選択肢は等間隔扱い
- 平均値をとる
つまり、回答者全員が「強く同意」と回答すれば、100点に、全員が「強く不同意」と回答すれば0点になる。また、たとえば、「同意」と「不同意」の人が同数であれば、50点になる。
結果
その結果は以下のとおり。ビリーフはいろいろな国籍の学習者、色んな言語の学習者を対象に行われているが、とりあえず、東アジアの英語学習者に関する研究をチェックしてみた。
研究者 | 回答者 | 同意度 | n |
---|---|---|---|
Yang 1999 | 台湾の大学生 | 49 | 505 |
Peacock 2001 | 香港の教育実習生(大学生) | 47〜50 | 146 |
Kim 2001 | 韓国の大学生(ESL経験者) | 62 | 24 |
韓国の大学生(EFL経験者) | 49 | 60 | |
Sakui et al. 1999 | 日本の大学生 | 28 | 1296 |
糸井 2003 | 日本の大学生 | 28 | 146 |
中山 2010 | 日本の大学生 | 36 | 110 |
上記の表からわかるとおり、日本の大学生が、東アジアの大学生よりもおよそ10点〜20点低い。(ちなみに、上記の研究はいずれもランダムサンプリングをしていないので、統計学的検定はそもそも無意味なのでしません)
「大学生」と言ってもいろいろだろうが、ひどく社会階層が違うというわけでもないと思うので、日本の大学生のあいだには「日本人=語学下手」という信念・信仰が浸透していると考えてよいと思う。
他の設問
他にもいろんな設問があるので興味を持った人はやってみてください。BALLI質問紙には、たとえば次のような、論争を呼びそうなものも含まれていますので。
- 言語のなかには難しいものと、簡単なものがある
- 人々の中には、外国語を学ぶための特別な能力を持っている人がいる
- 外国語学習は男性より女性のほうが上手だ
- 英語ができれば、いい仕事につける
ちなみに、開発者のHorwitz自身も、自分の指導学生(?)のBALLI質問紙研究(しかし未刊行の博論)を整理したレビュー論文を書いてます。すべての項目にわたってやってるというわけではありませんが。
Cultural and situational influences on foreign language learners' beliefs about language learning: a review of BALLI studies - ScienceDirect