こにしき(言葉・日本社会・教育)

関西学院大学(2016.04~)の寺沢拓敬のブログです(専門:言語社会学)。

論文ログ:中国における小学校英語推進の背景(Hu, 2007)


Hu, Y. (2007). China's foreign language policy on primary English education: What's behind it?. Language Policy, 6(3-4), 359-376.

中国における小学校英語必修化(2001年秋から段階的に施行)の背景および問題点を政策的に論じたもの。中国政府に対する直接的な文句がけっこうあって、中国に詳しくない人間からすると「知らんがな」という感じのもある。国際誌だからこそ政府批判が伸び伸びとできているということなんだろうか?(日本の教科教育系も似たようなところはある)

面白かった点。中国政府の拙速であるがゆえに熟慮を欠いたトップダウン型の小学校英語政策がきびしく批判されている部分。

これで思い出したのが、中国の小学校英語の授業を参観して感激しちゃって「グローバル化への対応が迅速な中国!すごいスピード感!日本も学べ!」などと言い出しちゃった大先生。「隣の芝は青い」ということなのか、「自説が補強できれば何でもOK」という節操のなさなのか。

そういう人たちは以下のような主張は黙殺するんだろう。

Jumping on the bandwagon without examining the necessity and feasibility of introducing English to primary school students in its local context may have unintended unforeseeable and undesirable consequences. (p. 374)

Introduction

小学校英語必修化、2001年秋、都市部・県都の小学校から「段階的に」導入。2002年秋、town and township の小学校でも「段階的に」教えることに
・「Lu (2003) は、小学校英語必修化によって都市部と農村部の英語教育機会格差が著しく拡大したと批判している」という指摘がある(Lu 2003 はこの論文だけでなく他の論文でもしばしば引かれている)。しかし、Lu (2003) は中国語文献のため参照できない・・・。

Contributing factors

文献研究やインタビューやらで検討した結果、小学校英語に影響を与えた要因は次の5点。

1) 中国における英語の必要性の拡大
2) 基礎教育(と訳すの? - "basic education")の改革
3) 政策施行前の小学校英語の状況(1980年代から英語を導入する小学校は徐々に拡大してきていた)
4) 早期開始の有効性に対する無根拠な「信仰」
5) 国務院副総理(と訳すの? Vice-Premier)である李嵐清の推進力

Context and purpose of the policy

A reality check on the policy

小学校英語必修化が決まった2001年以降、大きな反対の声が研究者や大衆から起こった。とりわけ教員不足、教材の未整備が問題点として指摘されていた。

At the primary school level, the quality of English teachers was worse: few English teachers held even an associate degree in English.

Liu (2001) ... thinks that the country was not ready for a large-scale promotion of English in primary schools in that "new [English] curriculum standards have not yet been released, [new] teaching materials are under compilation, there is a lack of teaching facilities, and the worst of all, there is a shortage of qualified teachers.

Plblems in policy formulation

・ざっと計算しても一億三千万人もいる小学生が影響を受ける問題なのに、政府のどんぶり勘定の政策決定は無責任すぎる。以下、その問題点を5点あげる。

1) トップダウン型政策決定
2) 「早期開始=有効」という無根拠な思い込み。

実際、政策文書に登場しているエビデンスは、SLA研究の結果ではなく、出所不明な都市伝説("Experience shows that the optimal age to learn a foreign language is around eight")。

3) 小学校英語を開始する上での準備が不十分
4) 政策の不平等な運用

段階的導入に学校差・地域差があったため、家庭の社会経済的格差が、子どもの英語教育機会格差に直接的につながってしまった。そして、その帰結として、中学校では英語力の大きくばらついた入学者を相手にしなければならないという難題に頭を悩ませるようになった。

5) 教育に伴う困難さを過小評価

Concluding remarks