こにしき(言葉・日本社会・教育)

関西学院大学(2016.04~)の寺沢拓敬のブログです(専門:言語社会学)。

原稿断片の墓場:「教育は会議室で起きているんじゃない(以下略)」

みんなお待ちかね、原稿の墓場シリーズ!!!


小学校英語のジレンマを適切に把握するには、そのジレンマを生じさせている、タテとヨコの制約条件を理解しなければならない。

タテの制約とは歴史条件のことである。 あらゆる制度改革と同様に、小学校英語もこれまでの制度を所与の条件として、修正したり上乗せすることで改革が進められてきたからである。どれだけ未来を向いていたとしても私達は過去という制約から自由にはなれない。

一方、ヨコの制約とは、同時代的な社会条件である。 小学校英語のおそらく最小単位は、小学校教育現場で日々行われている個々の実践だが、それらはその時々の教育課程制度・教育行財政制度・社会経済的要因に大きく枠をはめられている。 一昔前に流行ったフレーズに「事件は会議室で起きているんじゃない、現場で起きているんだ!」というものがあったが、教育実践は「現場で起きている」だけではなく、会議室(第一義的には法令。さらに慣習的制度も含む)によっても制約されているのである。

そもそも、教育実践が現場の――つまり個々の教師の――完全な自由裁量で行われていたら、法治国家・民主的国家としてむしろ大問題である。 教育に対する思いは人によってきわめて多様であり(なかには体罰を適切な教育行為として肯定する人もいる)、そうした多元的な教育観に対し、一定の枠をはめるのがまさに「会議室」の営みである。


以上で述べたとおり、歴史と社会的条件を重視するのが、本書の基本方針であり、かつ、これまでの小学校英語関連の先行研究と大きく異なる点である。

小学校英語についてはすでに膨大な研究・論稿がある。 たとえば、大学図書館所蔵書籍のデータベースであるCiNii Books によれば、「小学校英語」というフレーズがタイトルに含まれている書籍は2019年9月現在、すでに299点ある。 フレーズ単位でこの数なので、たとえば「小学校での英語」「小学校外国語活動」などを含めるともっと多いし、論文まで含めればさらに膨大な数の研究蓄積がある。

これらの書籍・論文をグループ分けすると次のようになる。

第一に、小学校英語指導者向けの指導法のアイディアが載った実用書である。 第二に、同じく小学校教員向け実用書だが、学習指導要領など新しい教育課程を解説した教育行政よりの実用書である。 第三に、主に大学の教職課程の学生を対象にしたテキストブック(どの大学にも「英語科教育法」に類する必修科目がある)。 膨大な文献はあるが、実はおよそ8-9割の書籍が、上記の3つのタイプの実用書カテゴリに含まれる。

対照的に、それ以外の文献、要するに学術的・ジャーナリズム的・社会評論的なものはそれほど多くない。 そして、その多くが、指導現場での実践(さらにはもっと微視的に、小学生の英語力の発達過程)に注視しているものばかりで、上記の述べた歴史的経緯および社会経済的要因の分析はほとんどしていない。

  • 3 小学校英語の現状(とくに問題点)を触れた一般書
    • 例、鳥飼, 2006
  • 4 日本の小学校英語政策を主に内容を分析したもの
    • 例、Butler, 2007; Hashimoto, 2011.
    • 紀要論文等を含めれば多数ある
  • 5 同、主に過程を分析したもの
    • 江利川, 2018 などごくわずか