こにしき(言葉・日本社会・教育)

関西学院大学(2016.04~)の寺沢拓敬のブログです(専門:言語社会学)。

ガラスの天井がガラス細工のように脆かったら大変

吉村知事の「ガラスの天井」の話法が面白かったのでこの駄文を書いています。


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ガラスの天井

本来、「ガラスの天井」は、有能な女性やマイノリティが、「見えない障壁」によって出世や成功を阻まれていることを皮肉った言葉です。 女性・マイノリティにとって不利な制度・慣習・空気のせいで、こうした人々は上に行きたくてもいけない。 もし例外的に、そうした状況を打破した人が現れれば、あの人はガラスの天井を「突き抜けた」と表現されるでしょう。

で、吉村知事はぜんぜん違う意味でつかっています。要するに、感染者数が急増してリミットを越えてしまったことを、「ガラスの天井を突き抜けた」と。

ガラス

以下、いたって自明な話ですが、整理します。

「ガラスの」には、2つの含意があります。1つは「透明」。 もう一つは「脆い」(「ガラスのハート」がよい例です)。

「ガラスの天井」の本来の用法は前者で、吉村知事の用法は後者であることが明らかでしょう。

天井

もう一つのポイントは「天井」の方にもありそうです。

というのも、本来の意味における「ガラスの天井」は、簡単には突き破れない。 なぜなら、それは上のフロアの床でもあるからです。 現在のフロアから上のフロア(つまり出世・昇進)は見えるけど、そこには見えない壁があるよという意味ですから。

この場合、天井がそんなに脆かったら、上の階の人やものが天井を突き破って降ってくるわけで、大惨事です。

吉村知事の用法における天井は、おそらく、最上階の天井です。「天井を突き抜けたら、もうそこは空」みたいなイメージ。 脆い天井はそれはそれで困りますけど、最悪壊れても、上の階からキャビネットコピー機や課長や部長が降ってくるわけではありませんから、ギリギリセーフという感じでしょうか。

本来の意味では、「ガラスの天井」はおそらく強化ガラスでしょうね(スカイツリーの床にあるような)。

一方で、吉村知事のガラス観(?)は、アクション映画でスタント俳優に蹴破られるガラスのように感じます。あるいは多感な十代に壊されまくる夜の校舎の窓ガラスでしょうか。

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