こにしき(言葉・日本社会・教育)

関西学院大学(2016.04~)の寺沢拓敬のブログです(専門:言語社会学)。

Bolton & Bacon-Shone (2020): アジアにおける英語話者数の推定 (gu)estimates

文句なく最近読んだ中で最も面白い論文のひとつ。

Kingsley Bolton and John Bacon-Shone 2020. The Statistics of English across Asia. In The Handbook of Asian Englishes. Wiley-Blackwell.

概要

話者数の推定は一筋縄にはいかない

目的はシンプルで、アジアの英語話者数を推定するというもの。アジアには、事実上、準英語圏(B. カチルのいうところの Outer Circle)もあれば、非英語圏(同、Expanding Circle)もあるが、後者はもちろんのこと、前者においても国民の数=英語話者数とみなすことはできない。英語圏での話者推定にくらべ、準英語圏・非英語圏の話者推定はかなり難しく、データに基づいた推定だけでなく、多分に当て推量を含まざるを得ない。

著者らもきちんとその点に対して注意喚起を行いつつ、先行研究のレビューを通して、堅実に、そしてときに大胆に、各国・各地位の話者推定を行っている。

なお、英語話者(および各国民の英語能力)の推定の先行研究として有名なもの(famous/infamous)に、言語学者デイヴィッド・クリスタルの推定(Crystal, 2003)と、Education First 社のEF EPI(英語能力指数)があるが、実際、どちらもかなりいい加減な推定である。著者も両者を根本的に批判したうえで、これらよりも「よりマシな」推定値を(ていねいな注意書きつきで)提案している。

日本人が書く英語教育論には、しばしばクリスタルの推定値を無批判に引用するものが散見されるが、今後は、この論文を優先的に参照してほしいと思う。

英語力調査の革新的方法?

なお、上記は論文の前半部分。後半は、(a) 英語力の国際比較で従来使われてきた指標(TOEFL/IELTS/EF-EPI)がどれだけ妥当性があるかという話、そして、(b) 社会調査で英語力を測定するにはどうすれば妥当性が確保できるかという方法論的な話である。

(b) に関して、著者らは、英語力を自己報告で回答することの問題点を深刻に受け止め、Voice over Internet Protocol (VoIP) という一種のオンラインインタビュー試験を独自に開発し、社会調査に組み込むことを薦めている。気持ちはよくわかるけれど、自己報告設問に代えてインタビューを行おうという方向性については、異なる意見を持っている。具体的には、次の点。

  • (i) 私の経験では、自己報告設問は工夫次第で相関がそこそこ高くなり、「そこそこ高い相関」というのは(選抜目的ならまったくダメダメだが)社会調査目的なら十分実用的になりえる。
  • (ii) むしろインタビュー試験を回答に組み込むことで回答脱落(系統バイアスの温床)が起きるリスクをもっと懸念すべきだと思う。

疑問点

データソースの信頼度の序列が?

推定に必要なデータソースの信頼度にグラデーションがあることを丁寧に述べている。著者は大別して次のような区別をしている。

  1. センサス
  2. 社会言語学的調査
  3. 専門家の推量

上ほど信頼度が高く、下ほど低いという点に異論がないが、2. はもう少し丁寧に場合分けしたほうがよいのではないか。というのも、確率標本(ランダムサンプリング)でとられた代表性がある調査と、そのような手続きをしていない有意抽出の調査(ネット調査/便宜抽出調査)を区別すべきだからだ。

確率標本調査は、サンプルサイズが十分大きければ、理屈上はセンサスの値に近似するので、上記はむしろ

  1. 代表性の高い調査(例:センサス・確率標本調査)
  2. 代表性の低い調査
  3. 専門家の推量

となるべきではないか。

いくつかの代表性の高い社会調査が抜けている

上記の点とも関係するが、代表性の高い学術的社会調査がいくつも抜けている点は気になった。

日本の例でいうと、(私の論文を引用して JGSS に言及しているにもかかわらず)JGSSの英語能力設問の回答分布は紹介していない。代わりに引いているのが、楽天リサーチが行ったネット調査である。JGSSのほうがはるかに代表性が高く、また多数の研究者の目が入っているので信頼度も高い。引用するならこちらが優先だと思う。

また、著者は、韓国・台湾について信頼に値するデータがないとしているが、同じくランダムサンプリング調査である East Asian Social Surveys の2008年版では英語力(読む・書く・話す)を尋ねている。

また、少し古く、また設問もやや微妙だが、アジア各国(中央アジアも含む)の英語力は、Asia Barometer や Asia Europe Survey でも聞かれている。

以上の議論は、以下の拙著で議論しているが、参照してもらえなかったようだ1。異常に高いから手にとってもらえないのか、あるいは、聞いたこともない名前の日本人の本だから駄目なんでしょうか。


  1. JGSS英語力は同書の1章、EASSは2章、Asia Europe Survey は3章で分析している。