若干古い論文だが、学校教育における各教科がどのようにイメージされているかを数量的に把握しようとした研究。
必ずしも新奇な知見はないかもしれないが、各教科の関係者は、その教科ローカルの論理で、一般の人々のイメージとは乖離した「教科観」を提唱することがあり得るので、それらと一般の人々のイメージとの距離を探るうえで有用だと思う。たとえば、英語科について言えば、特に英語教育関係者などが、英語科の目的として「論理的思考力の養成」や「異なるものに対する寛容な態度の育成」などをあげることがあるが、これがどれだけ一般的なイメージと適合的かを確認しておくことは有益なことかもしれない。(もちろん、一般的なイメージと乖離していたら即ダメだということにはならないだろうが、その乖離を真剣に受けとめる必要はあるだろう)
方法
質問紙は「教員養成系大学の初等教員養成課程に在籍する2年生39名(p. 225)」に配布された。つまり、被調査者は、いわゆる「先生のたまご」だが、2年次はまだ専修課程に進む前の段階とのこと。この種の人々を「一般の人々」の代表と見なすのはかなり無理があるが、
- 「一般の人々」よりも教育への関心が高いため各教科に具体的なイメージがある
- しかし、特定の科目だけに特に鮮明なイメージを持っているわけではない
というバランスを考慮すると、このような被調査者設定が落としどころな気はする。
設問は、リッカート尺度のような選択式が来るのかと思いきや、(ある程度縛りを入れた)自由記述である*1。
具体的には、つぎの(A)(B)(C)の空欄を埋めて、教科Xを描写した文を完成させるという課題である。
教科Xは、(…A…) を (…B…) ことによって、子どもの(…C…) を育む。
結果
分析方法は、(A) (B) (C) にあてはめられた言葉を数えるというものなので、一次データは質的だが、デザイン自体は、典型的な量的研究である。提示されている結果は、同じ意味と考えられるものは統合されており、また、度数が小さいものは割愛されているとのことなので注意されたい。
とりあえず、解釈がいちばん簡単そうな (C) の結果に注目したい。
このフレーズは「こどもの ( ) を育む」ということなので、各教科はどのような能力・態度・技術を育成していると考えられているか、ということになる。語弊があるかもしれないが、「各教科の到達目標」のイメージと言ってもよいかもしれない。
この(C)の分析結果は個人的になかなか興味深いものなのだが、それを示した図(Figure 5)も表(Table 4)も残念ながらけっしてわかりやすくはない。というわけで、私が勝手に編集して提示します。ですので、この分析自体に興味がある方は、元の論文にあたられることを強くおすすめします。
教科別に、絶対度数の多い項目トップ3を列挙すると次のとおりになる。
1位 | 2位 | 3位 | |
---|---|---|---|
理科 | 関心/興味/問題意識/親近感 | 論理的思考/構成力 | 価値観、および、調査能力(タイ) |
算数 | 論理的思考/構成力 | 計算力 | 独創性/創造性/発想力 |
国語 | 読む力 | 言語能力 | 表現力 |
社会 | 関心/興味/問題意識/親近感 | 五感/観/認識 | 協調性 |
英語 | 言語能力 | 関心/興味/問題意識/親近感 | 五感/観/認識 |
図工 | 独創性/創造性/発想力 | 五感/観/認識 | 慎重さ/落ち着き |
音楽 | 五感/観/認識 | 表現力 | 感動/楽しさ/喜び |
家庭 | 他者やものへの心情 | 生活力 | 関心/興味/問題意識/親近感 |
技術 | 慎重さ/落ち着き | 論理的思考/構成力 | 独創性/創造性/発想力 |
保体 | 体力/運動能力/健康 | 協調性 | 忍耐/精神力 |
道徳 | 他者やものへの心情 | 価値観 | 協調性 |
このようにラベルを列挙するだけでも、各教科の特徴がけっこうわかるけれど、Table 4 に示されているとおり、ある特定の教科にだけ集中している一方で他の教科にはほとんど見られない項目もある。この種の項目に注目すると、各教科の特徴をよく捉えらることができる。というわけで、対応分析をつかって図示化した。記事の冒頭の図がその結果である。
おおざっぱにいって、ある項目(黒字)が、特定の教科に特徴的であればあるほど、その教科の近くに配置される。逆に、多くの教科に当てはまる特徴であれば、原点近くに配置される。したがって、赤い字の教科名のそばにどのような項目が来ているかを確認すれば、各教科の特徴がわかるはずである。
とはいえ、こうした諸特徴はもしかすると、多くの人にとって「当たり前」かもしれない。
ただし、すくなくとも英語科内部の「常識」とは若干距離があるように思う。
まず、「記憶力」が、他教科に比べて、圧倒的に英語科に特徴的である点。語学に暗記が不可欠とはいえ、社会科や理科も多かれ少なかれ「暗記」が必要な部分はあるはずで、ここまではっきりと差が出るとは、英語教育関係者は想定していないのではないか。(ただし、英語が「中学校教育」のイメージで回答されているのに対して、社会が「小学校教育」のイメージで回答されているという可能性はある) なお、国語も「暗記」とかなり近い位置にあるが、これは漢字学習の影響だろうか?
もうひとつは、「論理的思考力」から離れた位置に「英語」が位置していること。英語教育関係者には、英語を、数学と国語の中間辺りに位置づける人も多いと思うが、この論文の被調査者の回答傾向にはそうした点は見いだせない。
すでに20年も前の調査で、回答者も特定の層の人間で、しかも、(半)自由記述のコーディング&計数という、わりと分析プロセスが見えづらい手法なので、あまり積極的な意味を読み取るのは控えたほうがよい気はするが、とまれ、興味深い論文だった。リサーチクエスチョンをより精緻化し、設問をリッカート尺度のような形式に変更したらもう少し説得力のある結果が見られるかもしれない。
*1:こういう形式の設問の専門用語がわからない。自由記述といってよいのだろうか?