こにしき(言葉・日本社会・教育)

関西学院大学(2016.04~)の寺沢拓敬のブログです(専門:言語社会学)。

研究ネタ

どれだけエビデンス概念を英語教育に適用できるか/できないか(その2)

昨日の記事の続きです。 どれだけエビデンス概念を英語教育に適用できるか/できないか(その1) - こにしき(言葉・日本社会・教育) 英語教育研究との接点 では、英語教育研究がEBPPから(批判的に)学ぶには、どの論点に焦点化することが生産的だろうか。…

どれだけエビデンス概念を英語教育に適用できるか/できないか(その1)

某原稿の断片です。 本章では、英語教育研究が、いかにして「エビデンスに基づく実践・政策」(evidence-based policy and practice, 以下EBPP)と接続(不)可能かどうかを論じる。 運動としてのEBPP EBPPの源流は1990年代の「エビデンスに基づく医療」(EB…

「なんで英語を教えるの?」問題からの教科固有的/横断的価値について

最近、某英語科教育法の教科書(分担執筆)の原稿を書いていた。英語教育目的論も僕の担当箇所。そこで、「なんで英語を教えるの?」問題を取り上げ、それを「教科固有の価値 vs. 教科横断的な価値」という観点から整理しようとした。結局、少しマニアック過…

大学院に入ったら「日本人の民族性」の話はとりあえず疑うべき

前口上 まず大前提として。以下の記事を便宜的に引用していますが、「晒しあげてやろう」という意図はありません。これを書いた意図は、「日本人性/国民性/日本文化」に関する言説が、英語教育界やグローバル人材育成業界において、安易に再生産されている…

方法論:外国語教育研究・応用言語学における「社会調査の2次分析」

先日、某学会から発表の「不採択」通知を受け取った。不採択の理由は「使用するデータが2006年のもので古い」というものだった(これが全てでその他の不採択理由はない)。私が「2006年」のデータを用いたことにはきわめて合理的な理由があったので、査読者…

英語教育の「必要性・教育目的・普遍的カリキュラム」というトリレンマ問題

(以下の文章はこの論文に掲載するために書いたものです) 「日本社会における英語使用の必要性は、まだそれほど高くはない」ということは各種統計から明らかだが(拙稿「『日本人の 9 割に英語はいらない』は本当か? ―仕事における英語の必要性の計量分析…

「国際化と英語力育成」論、先行研究レビュー

書いてる論文の断片をコピペしてちゃっかりエントリにしてしまおうとするシリーズ! 先行研究、その3つのタイプ 国際化と英語あるいは英語力育成を関連づけて論じることは、アカデミアに限らず、学校教育・社会教育や政策・マスメディアなど、あらゆる場面で…

『英語教育』のタイトルの変遷 ---計量的テキスト分析

昨日のつづきで、KH Coder の練習をしようと思ったんですが、原因不明の不具合があり、形態素解析をすると落ちてしまいました。データ準備から分析結果出力までかなり早いステップで終わるので、かなり便利なソフトですが、今回はあきらめて、RMeCabという統…

「日本人は外国語が得意だ」?

ビリーフ研究・BALLI質問紙 外国語教育研究の分野には、学習者ビリーフ研究という分野がある。そのパイオニアのひとりが、Elaine K. Horwitz という人で、1980年代に、Beliefs About Language Learning Inventory (通称 BALLI)と呼ばれる質問紙を開発して…

精読・1951指導要領英語編試案(中学校・機能上の目標について)

「機能上の目標について」に注目する。階層構造は以下のとおり 第1章英語教育課程の目標 II.中等教育の目標から派生しこれに統合されるものとしての英語教育課程の目標 2.中学校英語教育課程の目標 B.おもな機能上の目標 現在の『学習指導要領』とはちが…

「外国語教育目的論で《教養》《実用》ということばを使うのはもうやめたほうがいいんじゃないの?」問題

福田学(2009)「英語教育課程の歴史的変遷と教養主義--中等教育で言語を学ぶ目的をめぐって」 『日本大学文理学部人文科学研究所研究紀要』 78, 73-96. →機関リポジト(PDF) 上記論文を読んで感じたのがタイトルにあるようなこと。 実用的価値/実用主義と…

「生活」に英語科をどう接続するか?(本土占領期の座談会「コアカリキュラムと英語」)

「コアカリキュラムと英語」『英語 教育と教養』1949年5月号、pp.103-7. 英語科が「国民」の「生活」にどのように埋め込まれているか(埋め込まれていると《正当化》するか)に関して、けっこう重要な見解が述べられている記事を見つけた。かなり長く、論旨…

平泉渉・渡部昇一『英語教育大論争』を読む ―平泉の主張を中心に

2012年10月20日追記 この記事よりもしっかりしてる加筆修正版はこちら: 英語教育大論争(平泉渡部論争)をできるだけ短く要約する - こにしき(言葉、日本社会、教育) 英語教育大論争 (1975年)作者: 平泉渉,渡部昇一出版社/メーカー: 文藝春秋発売日: 1975…

水村美苗氏の主張は「エリート主義」的英語教育論なのか?

水村氏美苗著『日本語が亡びるとき』を読んだわけだが、7章の英語教育政策論の部分について。 水村氏は英語教育にいくつかの「ラディカル」な(ように見える)提言をしているが、彼女が「仮想敵」とする現状、および、それに対する対案との関係は、かなりわ…

岡倉由三郎『英語教育』に見る、《国民教育》と英語科教育の関係

現在、義務教育のカリキュラムに英語が入っていることはごく当たり前の現象であり、いわば「風景」と化している。もちろん、一般の人の中には、事実上国民のほぼ全員に英語教育を「強制」することを疑問視する人もいないわけではないが、ことに、英語教育関…

【微修正】科研データベースによる「英語教育研究」の構成分野

科研データベースを用いた、英語教育研究の構成分野の分析 - こにしき(言葉、日本社会、教育)のつづきです。昨日は、研究分野の「ラベル」をきちんと確認していなかったんですが、重複するものがけっこうあることがわかりました(ほんとうは最初にチェック…

科研データベースを用いた、英語教育研究の構成分野の分析

英語教育の実践と理論の問題は古くて新しいテーマですが、「《学問》としての英語教育とは何か?」、「いや、そもそも英語教育は《学問》になるのか」という疑問をよく聞きます。「なる(なるべき)」「ならない(なるべきではない)」といった論点は規範的…

「英語教師の仕事は、まず第一に、《英語》を《教える》ことである」言説

「英語教師の仕事は、まず第一に、《英語》を《教える》ことである」などと、英語教教育業界ではよく言われる。 この命題、外部の人にとっては意味不明である。もちろん「内輪」ではコミュニケーションが成立しているのかもしれないが、それもアレなので、部…

「英語格差」の時系列推移(Googleブログ検索使用)

やりたかったこと 「英語格差」(イングリッシュデバイド)系の用語がどう浸透していったかをごくおおざっぱに調べる。 つかった技術 グーグルブログ検索・日本語版・「期間を指定」オプションを利用 新聞記事や雑誌記事の有名なデータベースは、「英語格差…

大修館『英語教育』記事タイトルに見る、各学校段階への言及記事数推移

前口上 雑誌『英語教育』(戦後)の量的傾向をざっと見る - こにしき(言葉・日本社会・教育) 分析 (書きかけ)用いた検索式はこちら: U:「大学」(ただし「大学英語教育学会」は除外) H:「高校」あるいは「高等学校」 J:「中学」*1 E:「小学」*2あ…

『英語教育』タイトルによく使われる語

雑誌『英語教育』の量的素描の三回目。(一連の記事は、タグ「雑誌『英語教育』」で検索した結果からチェック可能です) 『英語教育』のタイトルによく登場するキーワードは何でしょうか?今回は、統計ソフトRのパッケージである library(RMeCab)を使って形…

雑誌『英語教育』のトレンド分析(および grep()関数について)

この記事(雑誌『英語教育』(戦後)の量的傾向をざっと見る - こにしき(言葉、日本社会、教育))の続きです。前述の『英語教育 Fifty』附録の記事タイトルのデータはエクセル形式で提供されていたはずなので、表計算ソフトなどをつかえば、ある用語のトレ…

雑誌『英語教育』(戦後)の量的傾向をざっと見る

現在、「戦後(とくに終戦昭和期)の英語教育雑誌をとにかく読む」という(ひとり)読書会をやってますが、その関係で、雑誌『英語教育』(1952年刊行、研究社→大修館)の概略を確認しておかなければとおもい、まずは、量的に見ようと思ったのが以下の記事で…

ジム・カミンズの言語能力理論と日本の第二言語教育

ジム・カミンズ(Jim Cummins)の理論と日本の第二言語教育 - Togetter 先日、バイリンガル教育の理論的基礎を築いた心理学者ジム・カミンズ氏(Jim Cummins)が来日し、ツイッター上でも氏の理論に関する議論が盛んに行われています。英語教育でも、カミン…

教育研究としての「外国語教育学」

-口頭発表:2010年6月26日(駒場言葉研究会・課題提起会) -文章化(最終更新日):2010年7月13日 -HTML化:2010年11月1日 -PDF(完全整形)版:https://docs.google.com/open?id=0B5tTFTys7em8Q2N0TWhxVF9rVkU 要旨: 外国語教育が「学問」として構想されて…

メモ:人は、英語について語るとき英語「教育」についても語っている

つまり、言説レベルでは、英語の問題は英語教育の問題に接続されるということである。これは、ごく当然のことだと思う人も多いかもしれない。 では比較対照するために、「歴史」について考えてみよう。歴史について語ることは、学校教育を想起させるだろうか…