某授業で作った英語教育政策概論のハンドアウトを,こちらに少しづつアップしていきます。きちんとした文章化はしていませんので,理解しづらい部分があったらすみません。質問があったら遠慮なくコメント欄にどうぞ。
事前・事後統制:政府の統制と現場の自律性
政策における統制とは
- 政策は、文書や通達を出して終わりではない。現場が政策作成者の意図通りに完璧に動いてはじめて政策は感性するが、実際にはそんなことはありえない(「笛吹けども踊らず」問題)。
- 法制度的条件:
- 政府のお達しだからと言ってなんでもかんでも守らなければならないわけではない。政策にはその拘束力に大きな多様性がある(法律のような最強レベルのものから,審議まとめや教科調査官の「私見」(お気持ち表明)のような最弱レベルのものまで)
- 政府もできるだけ強権的な方法は使いたくない
- なお,これはヒューマニスト的な意味(だけ)ではない。現実的にも強権的な方法は得策ではないからである。強権的な手法には,訴訟リスクや政治的コストがつきものだし,何より「やれ!」と命令しないと現場に動いてもらえないというのは,典型的な「人望」のなさである。こうした権威まるつぶれ状況を政府はできるだけ避けたい。
- したがって,政府的には,ソフトに言って現場が思い通りに動いてもらえるなら,こんなにうれしいことはない。
- 政策伝達に固有の要因:
- 例、政策意図を100%伝えられるチャンネルはない。政策作成者が気づいていない重大阻害要因が現場にある。
- 政策の受け手側の要因:
- 法制度的条件:
統制のパタン
- 事前統制:現場の行動を文書や通達等であらかじめ縛ること。
- 事後統制:現場に裁量を与えてある程度自由に行動させる。そのうえで、成果に応じて人・組織にインセンティブあるいはサンクションを与え、縛る。
- 教育一般の事例は、橋野・村上(2021)に詳しい
英語教育における事前統制
日本の英語教育の事前統制は、実質的にガイドライン策定のみ。「外国語としての英語の教育」は、通常、学校教育の一構成要素であり、英語教育に特化して大規模な事前統制(例、設置認可・財政措置)を行うことは想定しにくい。
検定教科書は事前統制?
- ただし、日本は例外的に教科書も事前統制の手段として機能している。なぜなら、教科書検定+広域採択(学校や教員に選択権がない)なので、結果的に事前統制的な機能を果たしている
- こうした統制チャンネルは、日本の特殊事例として理解したほうが良い。なぜなら多くの国(すべてではないが)では、初等中等教育の教科書の選択は、学校や教員に委ねられているから。
- (参考)各国の教科書採用事情 https://textbook-rc.or.jp/wp-content/uploads/2022/11/bf878875909ac3a2e602187867601066.pdf from 海外教科書制度 - 教科書研究センター
学習指導要領(英語)の歴史
- 過去の学習指導要領(実施年度)の一覧。(各学習指導要領は告示年度で呼ばれることもあるので注意。告示年度は通常その数年前)。
小 | 中 | 高 | 備考 | |
---|---|---|---|---|
0 | 1946以前は旧学制 | |||
1 | 1947 | 1947 | 1947 | 試案 |
2 | 1951 | 1951 | 1951 | 試案 |
3 | 1961 | 1962 | 1963 | これより以降、文部省告示 |
4 | 1971 | 1972 | 1973 | |
5 | 1980 | 1981 | 1982 | |
6 | 1992 | 1993 | 1994 | |
7 | 2002 | 2002 | 2003 | 小:総合学習で英語活動。中:必修教科化 |
8 | 2011 | 2012 | 2013 | 小:外国語活動 |
9 | 2020 | 2021 | 2022 | 小:外国語(教科)、外国語活動早期化 |
10 | ? | ? | ? |
統制という観点で重要なのが、文部省告示になって以降。法的拘束力の発生。
- 法的性格の意味:学校教育法(本法)第33条等→学校教育法施行規則(省令)第52条→学習指導要領(告示文書)
- 学習指導要領は一字一句守らなければならないわけではない(逸脱が即、違法にはならない)が、完全に無視することもできない。どこまでは守る義務があるかは、学習指導要領本体や法令には書かれておらず、戦後の法解釈や判例で輪郭が作られている。
学習指導要領でどこまで統制されているか
- まずは中身。「中学校学習指導要領(平成29年3月告示)」https://erid.nier.go.jp/files/COFS/h29j/chap2-9.htm
- 見出し:目標、内容(知識及び技能、思考力・判断力・表現力等)、指導計画の作成と内容の取扱い
- 教育方法の統制は?
- 論争を巻き起こした「授業は英語で行うことを基本とする」(2013高~、2021中~)
『学習指導要領 解説』(cf. https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1387016.htm)の統制力?
- 法的に見れば,拘束力は一切なし。
- 象徴的な影響力については,ある程度ある(「象徴的」だけに具体的に測るのは難しいが...)
- 教科書制度を経由した影響力は馬鹿にはできない(下記)
(英語)教科書を経由した統制
- 文科省→現場への間接的統制
教員研修
- 研修は、思想・考え方・アイディア (idea) を媒介にした統制
英語教育における事「後」統制
- 統制の手段として使われるテスト・調査
テスト・調査の結果をうけて連動するもの---一般論
- 予算:
- 学校運営費、教師の地位(人件費、職そのもの)。
- (点数が低い学校は予算削減、点数が高い学校に予算増加)
- 改善要求:
- テストの点数が低い学校に政府が明示的に介入、改善計画の提出、暗黙的な改革圧力、政策転換への間接的影響など濃淡は様々。
- 学校選択による間接的インセンティブ:
- 点数が低い学校に生徒が集まらなくなる
- 予算:
日本の英語教育に関係する学力テスト・学校調査
- 全国学力テスト(正式名称:全国学力・学習状況調査等)における英語試験
- 英語教育実施状況調査
- 重要リソース:文部科学省「外国語教育政策資料・事業・調査研究等」https://www.mext.go.jp/a_menu/kokusai/gaikokugo/index_00006.htm
備考:統制とは関係ないけれど、政策言説においてしばしばとりあげられるテスト
全国学力テスト(英語)
調査の目的
- 義務教育の機会均等とその水準の維持向上の観点から、全国的な児童生徒の学力や学習状況を把握・分析し、教育施策の成果と課題を検証し、その改善を図る。
- 学校における児童生徒への教育指導の充実や学習状況の改善等に役立てる。
- そのような取組を通じて、教育に関する継続的な検証改善サイクルを確立する。
調査の対象学年
小学校第6学年、中学校第3学年
調査の内容
教科に関する調査(国語、算数・数学) ※平成24年度から理科を追加。理科は3年に1度程度の実施。 ※平成31年度(令和元年度)から英語を追加。英語は3年に1度程度の実施。 ※平成31年度(令和元年度)から「知識」と「活用」を一体的に問う問題形式で実施。 生活習慣や学校環境に関する質問紙調査
英語教育実施状況調査
令和4年度「英語教育実施状況調査」の結果について https://www.mext.go.jp/a_menu/kokusai/gaikokugo/1415043_00004.htm
<調査目的> 平成29年3月に小学校及び中学校、平成30年3月に高等学校の学習指導要領が告示された。また平成30年6月に、「第3期教育振興基本計画」が閣議決定された。こうした背景の中、英語教育改善のための具体的な施策の状況について調査し、今後の国の施策の検討に資するとともに、各教育委員会における英語教育の充実や改善に役立てるために実施した。
<調査対象> 各都道府県・市区町村教育委員会及び全ての公立小学校、中学校、高等学校(義務教育学校、中等教育学校を含む)
<調査項目> (小学校)小学校における外国語教育担当者の状況、児童の英語による言語活動の状況、パフォーマンステストの実施状況、「CAN-DOリスト」形式による学習到達目標、外国語指導助手(ALT)等の活用人数、ICT機器の活用状況 等 (中学校・高等学校)中学生・高校生の英語力、生徒の英語による言語活動の状況、パフォーマンステストの実施状況、「CAN-DOリスト」形式による学習到達目標、英語担当教師の英語使用状況、英語担当教師の英語力、外国語指導助手(ALT)等の活用人数、ICT機器の活用状況、小学校・中学校・高等学校の連携に関する状況 等
結果の公表のされ方
- 英語力都道府県ランキング(ただし、厳密な測定ではなく、教員の主観的報告)
- 学習指導要領=文科省の意図する指導方法への誘導
ただし、現時点では予算や昇進、給与等と連動しているわけではない。このようなテストは「ロー・ステイクス」と呼ばれる。
日本ではハイ・ステイクスな教育政策が行われているわけではないため、依然として従来からの事前統制は(多少緩和しつつ)残したうえで、新たに事後統制的な側面を追加しているといえる。(村上・橋野 2021, p.147).
調査による統制?
統制として機能するためには、全員(あるいは大多数)を互いに競わせなければならない。ここで必要なのは、
- 全員参加(非・抽出)
- 結果の開示
社会調査論の(一見不思議な?)定説「全員ではなく一部だけ調べたほうが正確な調査になる」
- 「ある社会のメンバー全員を対象にした悉皆調査(全数調査)よりも、一部の人を無作為に選んだ抽出調査のほうが、調査結果はより正確になる」
- 全数調査による調査コストの悪化
- 全数調査は負のメッセージを発しやすく,特定方向に行動が誘導される
- 全国学力テストも英語教育実施状況調査も、「調査」という本義を重く受け止めるなら、抽出調査で行われるべき。