こにしき(言葉・日本社会・教育)

関西学院大学(2016.04~)の寺沢拓敬のブログです(専門:言語社会学)。

英語教育政策研究の理論と方法(その3、完結)

いま書いている論文(非査読)の下書きを貼っていきます。

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3. ありえるべき方向性

3.1. 先行研究の批判的検討からの示唆

前節の3つの項(2.1, 2.2, 2.3)で指摘した問題から、理想的な政策過程の記述的分析に求められるものとして、次の3点が指摘できる。すなわち、 (1) アクター間・要因間の階層性を考慮した枠組み、 (2) 目立ちやすいアウトプットの文書(例、学習指導要領、答申、審議まとめ)だけではなく、審議過程・政策過程の詳細な検討、そして、 (3) マクロな要因に過度に頼らず、適切なレベルの理論の検討である。

この点を踏まえたうえで、政策研究の全体的な見取り図を描いたものが、図NNNである。

【図NNN 】 f:id:TerasawaT:20200728143138j:plain

この図の上下は、各要因の階層性を表している。 よりミクロな要因を上側に、よりマクロな要因を下側に配置されている。 また、左から右に伸びる矢印は、全体的な時間の流れを表している。 矢印の途中にある丸印(●)は、一連の流れの中で生じたイベントを表している。

矢印および丸印の色の濃淡は、各要因・各イベントがどれだけ顕在的かを示している。 色が濃いほど目立ちやすいものであり、薄いほど具体的な観察が困難なものである。 たとえば、学習指導要領告示は、具体的な文書に基づくため、きわめて顕在的である。 一方、イデオロギーや世論は、具体的に観察できるわけではないので、顕在度合いはかなり低い(世論調査が行われた場合は例外的に世論の動向が観察可能であるが、英語教育関連の項目を含む世論調査はごくまれである)。 その中間に位置するのが、告示等に至るまでの政府内審議である。議事録等の客観的資料が存在することも多いが、具体的な動きは外から見えづらいため、顕在度合いは中程度である。

この図の示唆は、英語教育政策研究において、真に学術的貢献度が高いのは、相対的に色が薄い部分(=顕在度合いが高くない部分)の研究であるという点である。 学習指導要領や中教審答申はきわめて顕在的であるがゆえに既に研究され尽くしており、その上、2節で指摘したような問題(政府にとって都合の良い説明に偏っている)を伴うからである。 また、英語教育に緩やかに関連する重大事件(例、文科大臣の失言、国際スポーツ大会)も、非常に目立つ(そして、英文メディアに掲載されやすい)割りには、その実質的な影響力はわかりづらい。 影響を明らかにするためには、事件がその後にどのような経過をとったかを詳細に検証する必要がある。やはり、過程の検討が求められるのである。

3.2. 研究アプローチ

以上の議論を踏まえて、具体的な研究方針の例を示したい。

3.2.1. 審議過程の分析

第一が、審議過程の分析(狭義の政策過程分析)である。次に述べる広義の政策過程分析に比べ、検討するタイムスパンは比較的短い(たとえば、数ヶ月~数年単位)。 決定結果だけの公示文書だけに大きなウェイトを割いてきた先行研究とは違い、むしろその文書の各論点が(場合によっては文言が)どのような経緯で確定したかを検討する。 代表的な研究手法として、会議録・議事録の内容分析、そして、関係者へのインタビューが指摘できる。

3.2.2. 政策史

第二が、政策史的研究(広義の政策過程分析)である。 対象とするタイムスパンは比較的長く、十年前後~数十年に及ぶ。

ある時点からある時点までの政策の流れを歴史的に跡づける研究であるが、個々の施策・イベントをただ羅列するだけでは過程の研究とは呼べない。 各施策・各イベントを結びつけた歴史的なダイナミズムを見出す必要がある。 かといって、その過程を説明するために、時代のイデオロギーのようなマクロな要因に依存するのでは、2.3節で指摘したとおり、有意義な分析は期待できない。 時代に通底するマクロな要因と当該政策固有の要因、そして英語教育領域の特有の要因の相互作用を解明することこそが重要である。

3.2.3. 政策過程や教育行政機能に固有の理論・要因

第三に、マクロ要因や大理論だけに頼らず、メゾレベルの要因・理論を参照することが必要である。 国内外の言語政策研究では、依然として、グローバル化新自由主義・(ダブル)モノリンガリズム・英語帝国主義といった射程がきわめて広い理論が重宝されているが、2.3節で述べたとおり、個々の現象を分析するには、曖昧であり、また、普遍性が高すぎるゆえに説明力が低い。 したがって、個々の現象と上述の大理論を接続する理論が必要である。 ここで、大いに参考になるのが、政策過程研究で提唱されている多くのメゾレベルの理論である(岩崎, 2012)。1

代表的な例として、政策借用 (policy borrowing) という理論枠組みを指摘したい(Burdett & O’Donnell, 2016)。 政策借用は、他国・他自治体・他機関が先駆的に導入した施策を、自分の国・自治体・機関に移植することである。 要するに「他所の成功事例を真似る」ことであり、こうした営みは以前から行われてきたものだが、近年の教育改革ではその動向がより顕著になっている。 グローバル化(とくに高等教育のグローバル化)の進展により、他国の先進的事例がより見えやすくなり、また、学生(留学生)の獲得競争が激しくなることで、他国の事例を模倣した教育改革を行うインセンティブが高まっている。 同時に、新自由主義的な改革圧力は、教育におけるパフォーマンスのいっそうの向上を要求しているが、同時に、財政的制約により、ゼロから作り上げるような抜本的な改革に着手できない。この結果、他所の先行事例が好んで参照される。

なお、政策借用という理論的枠組は、英語教育政策の研究でもしばしば利用されている。 その代表例が、英語教育の早期化のグローバルトレンドを分析しているのが、Enever (2017) である。 Enever によれば、多くの国が英語教育の早期化に舵を切ったのは、早期化そのものの合理性(例、早くから始めたほうが英語ができるようになる)というよりは、政策借用(例、「隣国もやっているから我が国も」)の結果だという。

ところで、政策借用は他のマクロ要因とも密接に連動している。 上の説明で言えば、政策借用が従属変数、グローバル化新自由主義は独立変数である。 また、具体的な分析の次元では、個々の政策・政策過程が従属変数、政策借用が独立変数となる。 つまり、「グローバル化新自由主義→政策借用→個々の政策」というモデルである。 この例が示すように、グローバル化新自由主義というマクロ理論は依然として重要であるが、個々の政策過程を分析するうえで、それよりも抽象性が低い理論――ここでは政策借用――が必要となる。

ただし、政策借用という理論自体も比較的抽象性が高い。 したがって、それと個々の政策を接続するには、分析対象が属するドメインの固有の要因も考慮する必要がある。 たとえば、日本政府の教育政策であれば、政府の教育行政機能に関する説明体系(文科省や官邸の教育政策会議の仕組み、文科官僚等の構成、教育委員会との関係など)を踏まえる必要がある。 以上を再度図式化すると、「マクロ理論 → メゾレベルの理論 → 個々の教育行政機能 → 個々の政策過程」となる。

3.2.4. 複数・多数事例の分析

以上の議論は、特定の審議過程・政策過程の検討を前提にしていた。 したがって、方法論として、史料分析、議事録等の質的内容分析、インタビューなどの質的分析が中心であった。

一方で、多数の事例を検討することによっても、審議過程・政策過程のメカニズムを明らかにすることは可能である。 この場合、特定の政策過程の特徴を詳細に明らかにすることが目的ではなく、複数あるいは多数の政策過程の一般的特徴を解明することが目的である。 なお、観察する事例が比較的少ない場合(たとえば3, 4件から10件弱)は典型的な比較研究と呼べるが、観察数が豊富にある場合(たとえば数十件以上)は計量分析の手法が利用できる。 また、その中間程度の場合、質的比較分析(Qualitative Comparative Analysis)が使用できる。 方法論の詳細については、Paul et al. (2006) や齋藤 (2017) を参照されたい。

必ずしも政策過程の分析に特化しているわけではないが、事例数の多い英語教育政策研究として、 Nunan (2003), Baldauf et al. (2011), Rixon (2013), Enever (2017) などが指摘できる。 Nunan はインタビュー研究、Baldauf et al. と Enever は事例分析の統合、Rixon は質問紙調査による国際比較研究である。 この種の研究で多いのは国際比較であるが、理論上は、あらゆる多事例比較が可能である。 たとえば、地方政府を単位とする比較分析や、学校を単位とする比較分析(各学校を政策実施の「出先機関」と見なす場合)も可能である。

4. 結論

文献


(完結)


  1. 政策過程理論の有用性は疑いないが、英語教育政策研究の主たる目標はあくまで個々の事例を適切に説明することである。一方、特定の理論の切れ味を披露するかのように、「理論が先、事例が後」で分析するのは本末転倒である。むしろ、眼前にある事例が、多数の選択肢のうちのどの理論で最も上手く説明できるか慎重に考慮した分析(「事例が先、理論が後」)が必要である。