こにしき(言葉・日本社会・教育)

関西学院大学(2016.04~)の寺沢拓敬のブログです(専門:言語社会学)。

公共施策としての言語政策(Gazzola, 2022)

  • GAZZOLA, MICHELE (2022). “Language policy as public policy”. In: Epistemological and theoretical foundations in language policy and planning. Edited by MICHELE GAZZOLA, FEDERICO GOBBO, DAVID CASSELS JOHNSON, and JORGE ANTONIO LEONI DE LEÓN. Basingstoke: Palgrave McMillian. Forthcoming.

先日の 言語教育政策論文オンライン読書会(9月例会)で読んだ論文のまとめ。内容はタイトルの通り、言語政策を公共政策として考えることを提案する理論的論文である。言語政策研究の特殊事情を知らないと「何その自明なタイトル?」と思うかもしれないが、現在の言語政策研究は歴史的にも研究者ネットワーク的にもかなり社会言語学志向(社会言語学バイアスと言ってもいいかもしれない)が強く、公共政策研究との断絶が起きている。それこそが著者のGzzolaが問題にしている点である。


Outline

  • 1 Introduction
  • 2 Public Policy and Language Practices
  • 3 The Policy Cycle Framework
    • 3.1. Emergence of a language issue
    • 3.2. Agenda-setting
    • 3.3. Policy design and adoption
      • The programme theory.
      • Policy instruments.
      • Indicator system
    • 3.4. Implementation
    • 3.5. Evaluation
  • 4 Language Policy Levels and Public Policy Types
  • 5 Conclusions

Section 2 in detail

「公共政策研究」の特徴 (pp.3-4)

  1. 政府 government への注目
  2. ポリシーを作るというのは、何かを選択すること(「しないことの選択」も含めて)
  3. 目的志向 goal-oriented
  4. 種々の制約(技術的、政治的)を前提とした意思決定について研究する

ポリシー概念の拡張

  • 「公共政策」的な定義だった古典的研究(Rubin and Jernudd, 1971b)から、ポリシーの概念拡張へ
  • (1) アクターの無限定化:Kaplan and Baldauf (1997) “everything from government macro-level national planning to group or individual micro-level planning”
  • (2) ポリシーと実践の区別(の曖昧化):Spolsky (2012): practices - beliefs - management
  • (2') Spolsky (2019): さらに2つの概念を追加してモデルを拡張 --- 'language advocates' and 'self-management'

    • Memo Victoria Van Oss, Piet Van Avermaet, Esli Struys & Wendelien Vantieghem (2022) An empirical validation study of Spolsky's language policy model, Current Issues in Language Planning, 23:1, 77-95, DOI: 10.1080/14664208.2021.1907060

The consequences of the broadening of the LP definition are not negligible!

The consequences of this gradual broadening of the definition of language policy, however, are not negligible. The semantic space of the term ‘language policy’ has been stretched to such an extent to embrace virtually anything people decide to do with languages, and therefore it has become so vague as to decrease in usefulness, because it does not allow to clearly differentiate between ‘policy’ proper and ‘practices’, and between the roles and decisions of different actors in the policy process. (p.4)

  • 「概念拡張はよくない、なぜならキー概念が曖昧になるからだ」は実は結構トートロジーでは。

コメント

「概念拡張はよくない、なぜならキー概念が曖昧になるからだ」

「概念拡張」の問題性は同意するけれど、それはさておき、歴史的経緯を知りたい。(とりいそぎ、Spolsky 2012 や Spolsky 2004 を読んだけれど書いてなかった)

「概念拡張はよくない」の中身の腑分け

  • U(拡大的ポリシー定義) > U (日常語=狭義のポリシー定義)
  • Benefit(拡) - Cost(拡) > Benefit(狭) - Cost(狭)

  • ベネフィットやコスト、具体的には?

    • Benefit(拡):統合的理論の構想。マクロ・ミクロ・リンク。周辺的研究の包摂。領域外との対話可能性の向上 etc.
    • Cost(拡):曖昧になる。領域内での対話可能性の低下。公共政策研究と話が合わなくなる。他分野に先行領域があった場合、車輪の再発明(あるいはアイディア盗用)と言われる恐れ。 etc.
    • Benefit(狭):視点・枠組みの簡素化。公共政策理論の適用可能性アップ。 etc.
    • Cost(狭):タコツボ的。言語的固有性の無視。社会言語学にも政策学にも拾われない周辺的テーマ1の無視。

Practices の定義

  • 結局、概念拡張の話は practices の定義にかかわってきそうな気がする
  • が、practices の定義はカオスになりそうで不毛そう(印象)

実証研究におけるモデルの扱い

It is important to emphasise that the model does not have the ambition to precisely reflect actual policy making. (p.7)

質的研究・批判的研究ではしばしば、現実をとらえていないと「仮想敵」扱いをうける実証主義的言語政策モデル。しかし、実際には、実証主義系の社会科学者(とくに社会学者)にモデルを実体視しているような人はほとんどいない。あくまで、暫定的/仮説的/理念型/発見ツールとして理解されている。(「モデル」ってそもそもそういう意味だからね)

一方、批判的研究者の言いたいことがわからないわけでもなくて、おそらく「そのモデルは現実と違う」というのは、「そのモデルでは説明力が小さい」というのを言いたいんだと思う。「説明力」みたいなのは、実証主義に親和的な概念なので、使いたくないというのはわかる。わかるが、使わないと、「現実」なるもっとやばい実体的概念を呼び込むので、潔く説明力で論じたほうがよいのでは。

政府のポリシーと非政府のポリシーの違い

  • P.14 政府のポリシーが、非政府(企業、宗教団体、NGO etc.)のポリシーと違う点
    • (1) イッシューが多岐にわたる
    • (2) 手段も多岐にわたる(とくに強制力 coercion)

こういう連続的な要因よりももっと決定的なのは、もっと決定的なのは、政府が対象にする人は物理的領域(領土)を前提にしたメンバーシップであって、メンバーシップに自発性がない、ということじゃないかね。だからこそ、メンバーの同質性が低くなるので、イッシューが多岐にわたる。

連辞符LPPをめぐって

  • p.5. 分野外の人からみたら「何を当たり前か」と思われそうだけれど、分野内の人間からするとかなり大胆な断言。

'Individuals do not make ‘policies’; they take decisions which result in practices, and these practices are the object of study of sociolinguistics and the sociology of language.'

  • 他の連辞符LPP(○○LPP研究)だと、government's LPP に比べて、かなり限定的かつ非公共政策的なアプローチで研究できそう
    • Corporate language policy: goal が比較的明確で(多元性が小さく)、「収益」に一本化しやすい。経営学・経済学などの合理的なモデルが適用可能。言語だけを格段に特別扱いするアプローチはむしろ不自然な場合も多そう。
    • Family language policy: goal の多元性は大きいが、政府の言語政策に比べれば、参加メンバーの同質性は高く、交渉プロセスは協調的・妥協的であり、手続き的正当性を担保するような装置を必要としない

因果推論

  • p.13. 'separate the effects of the policy from other concomitant causes'. 公共政策の教科書にはかならず出てきて、言語政策の教科書にはたぶんほとんど出てこない因果推論の話が書いてあって胸熱。
    • Cf. Takunori Terasawa (2019) Evidence-based language policy: theoretical and methodological examination based on existing studies, Current Issues in Language Planning, 20:3, 245-265, DOI: 10.1080/14664208.2018.1495372

  1. 他分野において practises の研究は、たしかに ‘xxx policy’ ではなく、 ‘sociology of xxx’ だったり、そもそも ‘xxx studies’ の王道的テーマだったり。その点、社会的・政治的要因を排除して成立した言語学が異端という感じ。