こにしき(言葉・日本社会・教育)

関西学院大学(2016.04~)の寺沢拓敬のブログです(専門:言語社会学)。

日本の英語教育の学術トレンド:社会学的考察(下書き)

以下の講演要旨の下書きです。LET関西支部大会で講演します - 5月27日@京都大学 - こにしき(言葉・日本社会・教育)


日本の英語教育の学術トレンド:社会学的考察

寺沢拓敬(関西学院大学


 日本の英語教育研究のあり方について、事実レベル(どうなっているか?)と規範レベル(どうあるべきか?)の観点から順番に論じる。いずれの論点も社会学な枠組みに基づいて考察する。つまり、英語教育・応用言語学の学界や研究者は、完全に自律的に、専門知識を産み出しているわけではなく、むしろ、そうした知識は社会的文脈に大いに拘束されるという認識枠組みである。

1. 英語教育研究の学術トレンド

 国内外の英語教育系の学会発表要旨をテキストマイニング(構造トピックモデル)によって分析した筆者の研究(査読中)によれば、日本の英語教育研究には以下のような特徴がある。

(1) 海外学会と比較して、国内志向の強い英語教育学会(例、JASELE)では、特定の言語現象に焦点化した言語分析志向の研究が多い。一方で、言語現象を社会的文脈に置き直して理解する研究(例、学習者のアイデンティティ)は少ない。

(2) 同じく、学校教育制度を前提にした研究が多い一方で、制度の枠の外にある事象や制度化が進展途上の事象を扱った研究(例、教師の自律的成長、オンライン授業)は少ない。

(3) 同じく、近年の教育改革に敏感に反応したと考えられる研究が多い。これは、教育や社会の変化の短期トレンドに影響されやすいことを意味している。

 3つの特徴から示唆されるのは、日本の英語教育研究では、社会的要因との連関を検討した研究が少なく、あったとしても短期的≒場当たり的なもので、理論的な蓄積は乏しいということである。1970年代の英語教育学の萌芽期においては、社会科学も含めた総合的研究(言葉の正確な意味での「学際的研究」)が構想されていたが(垣田, 1978)、現状、それは実現していない。

2. 学会制度・教育政策・運動をめぐる「べき論」

 しかしながら、学界・研究者が社会的トピックを取り扱う際、上記の学術トレンドは脆弱性となり得る。なぜなら、学界・研究者が社会変動・教育改革に直面しても、研究蓄積がなければ、建設的な批判は困難だからである。理論的インフラがなければ、蔓延している紋切り型の主張に追随する(=俗情との結託)だけか、追随しないまでも心情的・党派的な批判しかできなくなる。

 英語教育研究者の社会的な活動のあり方に関してヒントとなるのが、批判的言語研究(Kubota, 2022)および日本語教育の動向(牲川ほか, 2019)である。いずれも、「知識生産者としての研究者→受容者としての社会」のような一方通行的アウトリーチモデルではなく、よりダイナミックかつ参画的なモデルを提供しており、参考になる。とりわけ重要な論点が、前者は、応用言語学者自身の(コンサルタントではなく)運動家としての役割を論じている点、後者は、教育実践を教育施策を超えたより広い枠組み(労働政策、移民政策、福祉政策)に位置づけている点である。

  • 垣田直巳 (1978). 「英語教育学について」垣田直巳編『英語教育学研究ハンドブック』(pp.xv-xxxvi)大修館書店
  • Kubota, R. (2022). Linking research to transforming the real world: Critical language studies for the next 20 years, Critical Inquiry in Language Studies, 20(1), 4-19.
  • 牲川波都季・有田佳代子・庵功雄・寺沢拓敬 (2019). 『日本語教育はどこへ向かうのか:移民時代の政策を動かすために』くろしお書店