こにしき(言葉・日本社会・教育)

関西学院大学(2016.04~)の寺沢拓敬のブログです(専門:言語社会学)。

トピックモデルによる学会誌の分析(+英語教育学・応用言語学の学説研究について)

文献紹介です。



上記論文を読了。めちゃくちゃ面白く、かつ、勉強になった。

この論文は(ある種の)テキストマイニングによる学説研究である。構造トピックモデルを採用することで、再現可能性を担保しつつ(つまり、主観的分析に起因するバイアスを低減しつつ)、同時に、語の出現頻度を見るだけの「単純な内容分析/テキストマイニング」を越えた、深い分析が可能になっている。

応用言語学・英語教育研究も、こういうタイプの学説史研究が必要だし、かつ、可能だと思う。テキストの数理的処理が得意な人は何人もいる分野なので。誰かにやってほしい。

以下、脱線しつつ、学会/学界への批判

どうも最近、特定の小規模学会誌に所収の論文を方法論別にざっくりコーディングして集計するレビュー論文(?)1がとくに若手研究者(含む院生)の間で流行っているような気がする(博論の literature review を兼ねているのだろうか???)。

でも、「この学会誌はまだ分析されていないから、分析しました」という作法は、学説研究の正当化にはならない。時代的要因や学界での位置づけなど何らかの点で分析する意義を担保すべし。たとえば、マイナー学会誌を調べて何か傾向が出たとしても、そのままでは「コップの中の嵐」と切り捨てられないわけで。

言語の混在をどうする?

テキスト処理による学説研究で、英語教育研究にとって障害(というほどでもないけど)になり得るのは言語の問題だろうか。日本語論文と英語論文がそれなりに混在する文献群をどう処理するかという問題。

素朴に考えれば、どちらかの言語をもう一方に翻訳して分析するくらいしか方法はないだろうか。最近では DeepL をはじめとして機械翻訳の性能が非常に良くなっているので困難ではないと思う。(専門分野の研究者・院生を動員して、訳文チェックをする必要はあるだろうが)

英語圏の学説研究は?

テキスト処理による学説史分析は、日本語圏が(英語圏の研究者の顔色なんか伺わずに)先行してやったっていい気がする。英語圏でも、応用言語学の学説史とか社会学(的な内容分析)はかなり不活発な印象。de Bot の意欲的な History of Applied Linguistics も、(意気込みは見事だったものの)学説史としては残念な仕上がりだった2。応用言語学SLAにおいて学説史研究のメソドロジー受容は、(心理学・認知科学の受容に比べて)かなり遅れているという印象。というわけで、日本語圏の研究者、もっと頑張れ。


  1. このメソドロジーを指して、systematic review 「システマティックレビュー/系統的レビュー」と呼んでいる論文もあるが、原義のシステマティックレビューとはまったく別物なので、この呼称はあまり感心しない。原義における「システマティック」というのは、(おそらく)論文のスクリーニング過程の体系化、および、結果の統合・評価の体系化である。「特定の学会誌を選んで、その中の論文をまるごと分析する」という手続きは、日常語のニュアンスから言っても「システマティック/体系的」ではないだろう。所与のものを単に分析に放り込んでいるだけなのだから。

  2. de Bot (2015) には、その書名 History of Applied Linguistics (当初は Sociology of Applied Linguisticsにする予定だったらしい) に反して、歴史家の引用が一切ない。社会学者も、終章に少しだけマートンの引用があるのみ。ここでいう応用言語学史(といってもまったく通史ではない)とは、「歴史的に重要な」存命の応用言語学者にインタビューしたものの断片集である。ただし、インテンシブ聞き書きという感じではなく(各引用は多くても十行前後)であり、同書の査読者にもそのパッチワークぶりが批判されたらしい(序章で正直に書いてある)。このように、有名人へのインタビュー調査(いわゆる elite interview)でもこういった現状なので、文献的学説史研究はほとんどされていないに等しく、伸びしろは大きそうだ。たとえば、応用言語学の大御所とコネがない日本在住の大学院生だったとしても、丹念に文献を渉猟して精読して分析的にまとめれば、十分画期的な応用言語学史が書けるんではないかという気はする。図書館は好きだけど実証研究(狭義)は好きではないという院生の方、修論・博論にどうですか?レア史料なんか発掘しなくても、一次文献をよく読んで「言ってること」と「言ってないこと」を厳密に区別して整理するだけでも、十分研究になると思う。現状、応用言語学の歴史って、教科書の「我が分野のあゆみ」みたいな章の孫引きの孫引きの孫引きの(中略)で作られているように思う。