こにしき(言葉・日本社会・教育)

関西学院大学(2016.04~)の寺沢拓敬のブログです(専門:言語社会学)。

言語政策における量的研究 (4):因果推論

この記事の続き。


 データを数値化するもうひとつの利点が、適切な手法を用いれば、統計的因果推論が可能になることである。統計的因果推論とは、文字通り、統計的に因果関係を推論することである。ここでのポイントは、あくまで因果の推測であって観測や証明ではない点である。つまり、因果関係は触れたり眼で直接観測したりできないので、データに含まれる変数間の相関情報を利用して、背後に潜む因果関係を推測するしかないのである。

 この推論の精度にはグラデーションがあり、良い推論は、良い調査デザインおよび質の高い統計手法に依存する。最も代表的かつ強力な因果推論手法が、ランダム化比較実験である(デュフロほか 2019)。しかし、言語政策研究において実験は一般的ではないため、通常は、観察調査データ(=非実験データ)を用いることになる。

 観察調査データが厄介な点は、とくに工夫をしなければ疑似的な因果関係しか取り出せない点である。現に、実際には因果関係は存在しないのに統計のマジックによって表面上は因果に見えてしまうことは、観察データを扱っているとよくある。こうした疑似的因果を排除して、より確からしい因果関係を探りあてるのが、統計的因果推論の諸手法である。ここでその手法を詳細に論じる余裕はないが、ごく簡潔に述べれば、事前の綿密な調査デザイン(因果推論に必要な仕掛けを調査に組み込む)、そして、高度な統計分析手法(調査から得られた相関データを統計処理することで、因果関係を見出す)が指摘できる(中室・津川 2017)。

 言語政策研究はこれまで、歴史研究・事例研究・質的研究が中心だったこともあり、統計的因果推論は必ずしも盛んではない。しかしながら、以下のトピックには関係が深いだろう。第一に、政策評価である(NN章)。政策評価は、ある政策・施策が成果(あるいは副作用)を生んだか否かという問いを扱う。これは因果関係を前提にしており、因果推論と相性がよい(【文献】)。第二に、近年勢いを増しているEBPM(evidence-based policy making; エビデンスに基づいた政策決定)も、因果推論を前提にしている(亘理ほか2021、Terasawa 2019)。言語政策研究者自身が量的データを駆使してEBPMに取り組む可能性ももちろんあるが、それ以上に重要だと思われるのが、隆盛しつつあるEBPMのナラティブを理解して、その限界をきちんと把握しておくことである。というのも、EBPMには、政策ツールとしての有能さだけでなく、問題点がすでに多数指摘されているからである(【文献】)。批判的にEBPMを理解するうえでは、因果推論の基礎的な知識が不可欠である。