こにしき(言葉・日本社会・教育)

関西学院大学(2016.04~)の寺沢拓敬のブログです(専門:言語社会学)。

言語政策における量的研究 (5):トピック、手法

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5. 量的研究が扱う言語政策的トピック

 本節では、どのようなテーマで量的研究が使われるかを見ていこう。もっとも、適不適はさておき、あらゆる現象は数値的に要約可能であり、理論上は量的研究の射程内にある。しかしながら、実際には特定のトピックとの相性はある。以下の3つのトピックが特に重要と考えられる。

(a) 政策評価

政策評価は、前述の通り、統計的因果推論に基づくことが多く、量的研究と相性が良い。また、情報伝達上のストラテジーとしても量的研究は重宝される場合がある。たとえば、政策評価レポートの読者には、研究者だけでなく、専門知識を持たない人々(市民、行政関係者、政治家、ジャーナリスト)も含まれる。この場合、研究者を相手にする時よりもいっそうわかりやすく情報を要約することが求められる。その場合、数値的な要約は、しばしばナラティブによる要約よりも好まれることがある。

(b) コーパス計画に必要な言語(学)的情報

 言語政策の言語的側面、とりわけコーパス計画(NN章参照)では、様々な言語(学)的知見が利用される。とりわけコーパス分析(実際の言語使用を言語資料=コーパスに基づき分析する)という量的手法は重要である。

(c) 政策の立案および批判のための情報提供

 政策の分析そのものではないが、当該社会に関する分析(いわゆる「in の知識」、NN章参照)も、政策の立案・批判にとって重要である。言語政策に関連が深いものとしては、当該社会に関する社会言語学的調査がまず指摘できる(例、話者数調査、家庭や職場内での言語使用調査)。また、特定の政策に対する人々の行動や態度に関心がある場合、世論調査・意識調査、あるいは、メディア上の意見の集計・分析も利用可能である。

6. 研究手法

 最後に、言語政策研究でよく使われる量的研究手法について簡潔に紹介する。以下、直接の調査対象が人間であるものとそうでないものに分けて説明する。まず、人を対象にしたもの、つまり、言語や言語政策に関する人間の行動・態度・信念を研究する手法としては以下のものが一般的である。

 国勢調査や官庁統計などの政府統計は、当該社会の状況を知るうえで最も信頼できる情報のひとつである。最も一般的なのは、ウェブサイトや政策文書に掲載されている集計済み数値の利用である (Zhou, 2015)。他方、すべての政府統計でこれができるわけではないが、調査の個票データを政府等に請求申請し、集計前の調査を研究者が独自の視点で分析する2次分析も可能である。たとえば、米国やカナダの国勢調査には言語関係の設問が含まれており、その個票データをもとに実証分析を行っている研究者もいる(e.g. Chiswick & Miller, 2007)。

 社会調査の2次分析は、他の研究者や研究機関が行った大規模社会調査(多くはランダム抽出調査)の個票をデータアーカイブ経由で入手し、研究者が独自の視点で分析するものである (石田ほか, 2001)。また、寺沢 (2015) は、日本の社会言語学的状況や日本人の英語観を分析したものだが、すべて2次分析で行われており、分析事例の参考になるだろう。

 質問紙調査、あるいはアンケート調査では、研究者が独自の視点で調査(対象者、サンプリング、質問紙配布方法等)を設計し、質問項目を作成し、調査を実施する。大規模で、かつ、ランダム抽出を行っているものとして、たとえば、ユーロ・バロメーターの言語調査(Europeans and their Languages, https://europa.eu/eurobarometer/surveys/detail/1049)、国立国語研究所の鶴岡調査(https://mmsrv.ninjal.ac.jp/tsuruoka/)、NHK放送文化研究所の言語意識関係の調査(https://www.nhk.or.jp/bunken/research/kotoba/index.html)を指摘しておこう。他方、小規模のもの(研究者が自分の調査地で質問紙を配布する調査)であればすでに数多くなされている。ただし、ランダム抽出が行われていないことが多いため、母集団への一般化はできない。

 他方、人以外(特に文書)を対象にした手法のうち、言語政策研究でよく使われるものは以下である。

 計量的内容分析は、メディア(新聞、雑誌、ソーシャルメディア等)に表出した人々の意見・態度・感情を、何らかのコーディングをすることで数値に置き換えて分析する手法である(有馬 2021)。母集団を確定することが難しく、また、因果推論に必要な諸手法はほぼ使えないため、本節で提示した量的研究のメリットはあてはまらないが、研究課題とうまくマッチすれば有効な手法となる。とくに、過去の人々の声は、本手法以外の量的分析手法で検討することはほぼ不可能であり、歴史的な問いと相性が良い。

 コーパス分析は、特定の言語が実際にどう使われているかをコーパスに基づいて検討する分析の総称である。コーパス分析から得られた言語(学)的情報は、コーパス計画をはじめとした特定の言語への施策を考えるうえで重要となる。(【引用文献】)。

7. まとめ

 量的研究、つまり、現象を数値的に要約することの強みを、各手法との対応関係を軸にまとめたものが以下の表である。大量観察は、あらゆる量的手法が兼ね備える本質的強みであることがわかる。一方、母集団推測(一般化)や因果推論は、特定の条件でのみ可能であるか、そもそも不可能である。つまり、数値データを使うからと言って、自動的に一般化や因果推論が可能になるわけではないのである。


大量観察 母集団推測 因果推論
政府調査(集計値)の利用 ×
社会調査・政府調査の2次分析 △or×
独自の質問紙調査 △or× △or×
計量的内容分析 × ×
コーパス分析 △or× ×

○:多くの場合可能  △:特定の対処をした場合のみ可能  ×:不可能


 このように、量的研究は非常に強力な強みを持っているが、その強みは特定の条件でのみ発揮されことは常に念頭に置いておいたほうがよいだろう。さらに、こうした強みは、数値化に伴う種々のデメリットとも表裏一体である。言語政策研究が対象にする現象には、数値化になじまないものも多い(NN章、NN章、NN章参照)。手法の選択には慎重な判断が求められる。

(了)