こにしき(言葉・日本社会・教育)

関西学院大学(2016.04~)の寺沢拓敬のブログです(専門:言語社会学)。

『言語政策リサーチメソッド・実践ガイド』ログ(16章から19章、付録) 完結

引き続き、上掲書の読書ログ(=読書をしたという事実を記録するログ)。
最後まで行った。これにて終了。

16章 Mapping Language Ideologies. By Francis M. Hult and David Cassels Johnson

筆者らは、Language ideologies (言語イデオロギー)を、Silverstein 流の linguistic ideology のような狭い意味ではなく、「言語をめぐる政治化された信念の総称」のような緩やかな意味で使っている。

それは、以下の「重要な3つのテーマ」と挙げていることからもわかる。

分析法

言語イデオロギーの分析の仕方として、質問紙調査と新聞記事ディスコースという2つの手法を紹介している点も、かなりエンピリカルな前提で紹介しているんだなあということがよくわかる(ただし、著者らにとってエンピリカルにやることは自明過ぎるのか、そういう言及はない――「エンピリシストあるある」である)

質問紙調査
言語に対する態度 attitudes を質問紙調査を用いて分析する
新聞記事のディスコース分析
新聞記事を集めてコーパスを作って分析せよ、とある。イデオロギーのコーパス分析という結構危うい提案はともかくとして、どういう視点を持つか(歴史的 vs. 同時代的? 事実の言明と見る vs. 語られ方のパタンと見る?)という言説研究として超基本的なことが書かれておらず、ちょっとなんだかなーという感じ。
事例

事例として紹介されているのが、ユーゴスラビア崩壊後に各民族の言語アイデンティティがどう立ち上がってきたかに関する研究。事例としてはおもしろい。


17章 Investigating Relationships between Language Attitudes and Policy Issues By Asa Palviainen and Ari Huhta

言語態度と政策イッシューの関係について社会心理学的にやるよと書いてある。

この教科書、質的研究推しが強いのでなかなかサンプリングの話が出てこなかったが、この章でやっと出てきた。ただ、probability sampling と non-probability sampling を並置しながら、それぞれに簡単な説明を加えるのみ(p. 197)。Probability sampling とくにランダムサンプリングがいかに可能なのか(「ランダムでやるよー!」という意志だけではどうにもならない)という話を書いておいてほしかった。「ネット空間にデタラメにばら撒けばランダムサンプリング」と思っている人もたまにいるので。

事例

事例として、フィンランドの大学におけるフィン語話者のスウェーデン語必修クラスに関する態度の研究が紹介されている。


18章 Using Census Data and Demography in Policy Analysis by Minglang Zhou

センサスを使った分析(タイトルそのまんま)。米国とモンゴルのセンサスが紹介されていて、それぞれ集計値をダウンロードして分析可能

分析方法自体はごくシンプル。小学校の算数レベル。足したり掛けたりして、グラフにする。そもそもデータが集計値なので、こういうプリミティブな分析しかできないので仕方がない。そういう点で、よいセンサスを見つけられるか否かにかかっているんだろうなあと思った。

規模が大きくなれば、センサスであろうが、抽出調査(ただし、ランダムサンプリング)であろうが、結果はほぼ同じなので、後者の可能性をもっと強調したほうが良いのではと個人的に思った。そう言えば、この本、世論調査・社会調査(抽出調査)の2次分析について、一切言及がない。

19章 Making Policy Connections across Scales Using Nexus Analysis. By Francis M. Hult

「ネクサス分析」という分析方法――というよりはアプローチとか分析枠組みと言うべきだと思う。私の周囲でもごくたまに聞いて、政治学のメソッドかなあと思いこんでいたが、あらためてググったら言語研究しかヒットしなかった。

ネクサス分析というのは、様々なディスコースの「ネクサス」を分析するというもので、特定のディスコースに限定した分析をしてはいけないよという宣言。つまり、もっと「ディスコースに埋め込まれている歴史性 (historical body)」とか「ディスコースが生起するコンテクストに特有の要因 (discourses in place)」とか「ディスコースの交換のされ方(interaction order)」とかを見ながら、広い視野で見ていくべきだという宣言である。というわけで、これは method というよりは、分析枠組みだろう。実際、本章では個別具体的なメソッドの話(たとえば、こういう風にデータを整形して、こういうソフトに取り組んで云々)は一切なされていない。

この話は、正直、抽象的にやられてもよくわからないが、図19-1を見るとよくわかる。下図がキャプチャしたもの。

ただ、普通の社会科学研究で、これらの要因を考慮していないものを探すのはなかなか難しいのではないだろうか。歴史にせよ文脈にせよインタラクションにせよ、社会科学研究の重要なポイントである。

そういうわけで、このネクサス分析の強みがこの論文からはよくわからなかった。そもそもこの方法は、Scollon and Scollon が提唱したものらしいので、そちらを参照するのが筋だろうと理解した。

Nexus Analysis: Discourse and the Emerging Internet

Nexus Analysis: Discourse and the Emerging Internet

付録

巻末に Public Engagement and the LPP Scholar と題して、言語政策研究者がどうやっていわゆる「アウトリーチ活動」をおこなえばよいか、かなり具体的に書いてある。以下、見出しだけ列挙。和書ではなかなかお目にかかれない斬新なラインナップ。3番目なんかは御用学者志望の人は必読だし、4番目は◯◯学者系芸能人志望の人は必読だ(冗談です)

Appendix A
Interacting with Schools and Communities
Appendix B
Participating in Policy Debates about Language
Appendix C
Interacting with Politicians and Policymakers
Appendix D
Managing Media Appearances