こにしき(言葉・日本社会・教育)

関西学院大学(2016.04~)の寺沢拓敬のブログです(専門:言語社会学)。

昭和30年代前半の英語学習の地域差

戦前・終戦直後の東京都は、一般的に英語教育の「先進地域」とされていたが、その内部でもかなり地域差が大きかったことを表す資料が以下。(なお、調査時期についての明記はない)

  • 杉山篤三・堀了「特殊地域における英語学習」『英語教育』1958年7月号 pp.16-7.


以下の統計を見てもらえばわかるとおり、地域差と言っても、単なる空間的な相違にとどまらず、地域ごとの社会階層のちがい、それに起因した文化意識の違いが影響していることがうかがえる。


調査対象になったのは5つの都内公立中学校である。筆者によれば、それらは

  • 都市:杉並区阿佐谷中学校、および、八王子市第六中学校
  • 中間:北多摩群昭和中学校、および、大和中学校
  • 農村西多摩郡戸倉中学校

と位置づけられている。


もちろん各校に独自のコンテクストがあるだろうが、ここでは一段抽象レベルをあげて、都市化の度合と読み替えたい。つまり、都市・中間・農村という三つのカテゴリを比較する。ただし、後から復元できるように、各校のイニシャルも添える。すると上記はそれぞれ

  • 都市A、都市H
  • 中間S、中間Y
  • 農村T

となる。以下、この地域カテゴリにしたがってグラフ化する。

英語科に対する意識

英語科の好き嫌い

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「義務教育における英語学習の必要性について」(父兄および卒業者の意識)

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B. 家庭の教養

「英語についての家庭の教養」という指標として、「自宅で英語を教えてもらえる者」という比率がある。都市と農村の差がかなりはっきり出ているが、特に学年が上がるにしたがってその差は顕著である。とくに農村では、中3レベルの英語の勉強を教えてもらえる生徒はほとんどいなかったようである。
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C. 学習環境

中学生をとりまく学習環境も大きな差があった。以下のパーセンテージは、

  • 「自分の机を持っていないもの」
  • 「二間以上の家屋で勉強部屋が茶の間(いろり)と同一のもの」

の比率である。どちらも学習環境の不利さを測る指標と考えられるだろう。

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やはり農村部の中学生のほうが、相対的に劣悪な学習環境を強いられていたようである。

学習時間

学習時間も予想通り都市部優位・農村部不利という構図である。ただし、これまでの統計とくらべて、農村部は中間地の中学と同程度であり、「健闘」しているといってもよいかもしれない。

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ところで「農村は英語教育に不利」と言われるときこれは、実際のところ「英語(科)」自身の問題なのだろうか。ここまで、種々の条件の格差を見てきて、英語の問題というより、一般的な学習条件の差ではないのかという疑念がわく。


しかし、以下の「地域別・学習時間が多い教科」統計を見る限り、「英語(科)」特有の不利さもあったのではという可能性が示唆される。

学習にかける時間・教科別順位
1位 2位 3位 4位 5位
都市A 英語 数学 社会 国語 理科
中間S 数学 英語 国語 理科 社会
中間Y 数学 社会 英語 国語 理科
農村T 数学 国語 英語 社会 理科


つまり、都市においては、英語の優先順位は最も高いが、地方に行くにしたがって、その順位は低下するからである。これはあくまで「順位」であり、実際の時間で見たら大した差はないかもしれないので、即断は禁物だが、教科に対する関心の地域差を伺いしることができて興味深い。

家庭の職業

以上の傾向は、各地域の社会階層的背景を見るとより納得がいく。下図は「職業構成について」という統計をグラフ化したものだが(誰の職業なのかは不明。おそらく父親の職業だと思うが)、社会階層の地域差が鮮明にわかる。


農村地域は、農家が他に較べてかなり多く、また、「勤人」*1が少ない。一方、都市では、半数以上が「勤人」である。

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こうした職業構成のちがいは、生徒の生活時間に深く影響をおよぼし、したがって生徒の学習行動も変わる。以下のグラフは、生徒たちの「起床後登校までの時間の利用」(左)および「帰宅後夕食までの時間の利用」をたずねたものである(なお戸倉中(農村T)は欠損したらしい)。

一般的に言えば、農家や自営業者にとって子どもは重要な働き手であるため、そうした家庭の子弟の生活時間は家業の手伝いに大きな影響を受けているはずである。そのような場合、当然、学習時間も影響を受け、上記のような学習時間の地域差が生じてきたと考えられる。


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*1:常時雇用者のことだろうか。その場合、「商店・工場」との整合性が問題になるが、こちらは自営業という意味かも知れない。あるいは。「勤人=事務職」という意味なのかも知れない