私の社会学部のゼミ(社会言語学/言語社会学)では,今年度,新趣向として実験的にCDA(批判的ディスコース分析)を取り入れています。
CDAのよいところは以下。
- 実際に経験的分析を行わせやすい
- 他方で,人対象の調査ではなくドキュメント分析が主であるため,調査倫理に抵触しにくい(ある種の「調査レディネス」がまだの受講生でも一応やらせることは可能)
- 社会言語学の他のトピックの中でも,社会学と重複する部分が大きい。これまでの社会学部での学習(社会学的トピック,社会思想,社会問題)と連続性がある
デメリットは略。
スケジュールがギッチギチなので,CDA基礎文献購読は3回のみ。(他の回は社会言語学の概論書1を読む)
この3回のあとに,ミニレポートを書くというスケジュールです。→ 分析・執筆のガイダンスに授業2回,さらに,執筆・提出後のフィードバックに2回を用意というスケジュール。
扱った文献リスト
扱った文献リストを紹介します。 あくまで実験的・試行錯誤・手探りなので,これ以外におすすめ文献があればぜひご教示ください。
選書のポイントは以下です。
- 実際に,ディスコースの分析を行っている。できれば,表象レベルの分析や報道内容の分析よりも,狭い意味での言語使用に注目した分析が私の好み(かつ,ゼミの趣旨に合っている)。
- 扱っているトピックに,受講生が馴染みがある
- CDAには,(和文文献だったとしても)海外事例を分析する論文が結構あってこういうのは使いづらい
- 文章がわかりやすい
- 理論的な部分は簡潔に説明できていないなら不要(F氏はこう言っている,W氏はこう言っている,D氏はこう言っている,的な先行研究のダラダラしたまとめはけっこうある)
第1回. 教科書にあらわれるイデオロギー
- 対象文献:稲永知世 2023 「中学校英語教科書の批判的ディスコース分析 : 再生産される異性愛規範(heteronormativity)に焦点を当てて」『英文学論集』(佛教大学) 30号 45-66. https://archives.bukkyo-u.ac.jp/repository/baker/rid_ER003000011520
練習問題
まず,任意の教科書等を入手する。そのうえで,「◯◯は,こうであるべき」といったイデオロギー・規範意識が教科書本文にどのように現れているか分析する。
補足
ここでいう「教科書等」は広義。大学教科書や,バイト先・職場・団体のマニュアル類でも良い。 分析対象の教科書をゼミ当日に必ず持ってくること(電子ファイル可) 分析テーマを直接対象としていない教科書等を選ぶこと。たとえば,ジェンダーのディスコースを分析するのなら,ジェンダー論以外の教科書(例,外国語の教科書,就活マニュアル)を選ぶ。 分析テーマは,なんでもよいが,本論文をお手本にするならば,異性愛規範あるいはジェンダー規範が入門しやすいかもしれない。
第2回. 翻訳にあらわれるイデオロギー
練習問題
- ① 本論文で紹介されている事例(言語使用データ)を,批判的ディスコース分析の枠組みで分析してください。
- ②原文では必ずしも明らかではなかったイデオロギーが,翻訳によって明るみに出た事例は他にどんなものがあるだろうか。
補足
- ①に関して。本論文は典型的な批判的ディスコース分析ではない。なぜなら,ほとんど「批判的」枠組みへの言及がないからである。つまり,不正義・不平等・差別・権力からの分析がほとんどない(せいぜい「ステレオタイプ」への言及があるのみ)。ただし,紹介されている事例は,問題なく,批判的ディスコース分析の枠組みに当てはまるものである。自分なりに,どのような不正義・不平等・差別・権力が言語使用から解釈できるか分析すること。
- ②に関して。近年の技術革新による翻訳(例,YouTube の自動翻訳)は中立的な訳を生成しやすい。翻訳によるバイアスが出やすいのはむしろ,本論文の事例のような「人による伝統的な翻訳」かもしれない。このように,バイアスが出そうな種類の翻訳は何か考えながら,事例を探すことをおすすめする。
第3回. レトリックの批判的分析
- 対象文献:テウン・ヴァン・デイク 2006 「談話に見られる人種差別の否認」植田晃次・山下仁編『共生の内実:批判的社会言語学からの問いかけ』三元社
練習問題
- ① 本論文の5節・6節で検討されている談話表現を簡潔にリストアップして下さい。似たようなものはひとつにまとめてもよい。
- ② 上記でリストアップした談話表現のひとつに注目し,自分自身で批判的ディスコース分析を行って下さい
検討していた文献リスト
扱おうかどうか迷っていた文献が以下。 都合,文献購読が3時間より多く確保できたのなら,以下からいくつかピックアップしていた予定だった。
名嶋義直 2018 『批判的談話研究をはじめる』(ひつじ書房)
- 特に,「4章 宜野湾市長選をめぐる新聞記事の批判的談話研究」「5章 萌えキャラのポリティクス―その支配性」が,CDAのデモンストレーションとして扱いやすい。
坂本佳鶴恵 2006 「メディアが編む国家・世界そして男性:サッカーゲームの言説分析」佐藤俊樹・友枝敏雄 編『言説分析の可能性:社会学的方法の迷宮から』東信堂
宮崎康支 2016 「日本の新聞にみる『発達障害』 概念の使用:1984 年から2014 年までにおける『朝日新聞』および『毎日新聞』の関連記事に対する定量・定性的分析より
- 定量・定性の分析の見通しがわかりやすい
- テーマもそこそこ学生の関心とあってる(たぶん)
- 紀要だが査読つき
- 斉藤正美 1998 「クリティカル・ディスコース・アナリシス : ニュースの知/権力を読み解く方法論 : 新聞の「ウーマン・リブ運動」(一九七〇)を事例として」『マスコミュニケーション』研究
- 事例がかなり古いが,かといって廃れた問題というわけでは決してない(受講生にアピールしなそうであることが唯一の心配)
- 分析はお手本的で非常によい。ちなみに,査読付き。
- どちらもCDAを明言しており,CDA導入としても最適
- 岩田祐子・重光由加・村田泰美著『改訂版 社会言語学 基本からディスコース分析まで』ひつじ書房 https://www.hituzi.co.jp/hituzibooks/ISBN978-4-8234-1143-4.htm↩