こにしき(言葉・日本社会・教育)

関西学院大学(2016.04~)の寺沢拓敬のブログです(専門:言語社会学)。

メモ:科学的英語学習論における「科学的」の2つの意味。

  • A. 既存の科学との連続性
    • 科学としての権威が高いほかの学問(典型的には自然科学,ただしメソドロジー学問[統計学等]は除く)と何らかの接続をすること
  • B. 手続きの洗練度
    • データに基づく因果推論,および,変数作成の手続きの透明化

Bあり Bなし
Aあり 科学知識・手続き両面での洗練 自然科学理論を援用するが手続きは素朴(単なる相関等)
Aなし 洗練された手続き。背景理論は常識理論あるいは人文社会理論 人文学
  • A・B両方あり
    • 多くの教授法・学習法比較研究
  • Bのみ(Aなし)
    • 社会調査および大規模学校調査。例,早期英語の効果を検討したバルセロナプロジェクト
  • Aのみ(Bなし)
    • 自然科学概念と接続した相関的研究。「脳科学に基づく英語学習!」系の与太話
  • A・Bいずれもなし
    • 典型的な人文学的研究

こうしたことを,以下の本を読んでいて思いついた。この本では,「科学的」という言葉が繰り返し繰り返し出てくる(ポジティブなニュアンス)。意味は完全に「Bのみ(Aなし)」のタイプ。英語教育研究は,むだにAにも多少配慮があるので,「科学的」の意味が(科学支持派の間でも科学批判派の間でも)混乱していることがよくあるが,この本はAのニュアンスがほとんどないのでスッキリ。

お知らせ:修論指導に関して

私(寺沢拓敬)は,2024年度から,関西学院大学大学院言語コミュニケーション文化研究科における修士学生を受け入れるようになりました。いわゆる「修論の指導教員」という意味です。私の研究室で修士学生として研究を希望される方は同研究科受験をご検討ください。直近は,来年(2024年)2月の入試です。

www.kwansei.ac.jp

受験予定の方は私の指導可能なテーマとのミスマッチを避けるためにも,一度ご連絡をいただけるとありがたいです。

事前連絡は必須ではありません。合格可能性にも影響ありません。

しかしながら,万が一ミスマッチがあるとお互い時間とリソースの無駄になってしまうので推奨しています。 逆に言うと,私の専門分野ど真ん中を研究テーマとする方は,研究上のミスマッチはまったくありませんので,連絡頂く必要はあまりないように思います。

私の専門分野は以下です(念のため)

  • 日本における英語教育政策
  • 日本における英語教育制度の歴史
  • 日本社会における人々の英語使用・英語観・英語教育改革への意識などの分析。とくに計量分析(※質的研究でもOK)
  • 批判的言語教育(マルクス主義理論,社会学理論等)のアプローチに基づく英語教育・学習や英語観,英語イデオロギーの批判的分析

反対に,以下の分野は,よく間違えられますが,専門にしていません。

  • 指導法
  • 教室指導,とくに批判的言語教育(マルクス主義理論,社会学理論等)のアプローチに基づかないもの
  • 第二言語習得
  • L2動機づけや語学ビリーフなど,批判的言語教育(マルクス主義理論,社会学理論等)のアプローチに基づかない情意面の研究

上記の中間にあたるテーマはご相談いただいたほうがいいかもしれません。たとえば,

  • 他国の英語教育政策・制度
  • 教室研究だが,批判的アプローチに大いに基づくもの
  • 英語以外の言語イデオロギー・言語政策等に関する批判的研究

以上。

「日本人の英語力は87位」という怪しいランキングを吹聴する人がいますが、マスメディアや識者は安易に飛びつかないようにして下さい。

お断り:この記事は,1年前のほぼ同名記事を,ごく一部に加筆したうえで,再掲したものです。


怪しい英語力ランキングの季節

11月は,英語教育関係者にとって頭が痛いニュースが流れる時期です。

それは,「日本の英語力は世界で××位!また下がった!えらいこっちゃ!」というニュースです。

なぜ11月かといえば,その年の「EF英語能力指数」が発表されるのがこの時期だからです。

今年も,11月8日に2023年版のランキングが発表される予定とのことです。日本の順位は,本記事の本文内には書かないので,ググるなどして調べて下さい。

「EF英語能力指数」と聞くと何やら権威がありそうです。英語で EF English Proficiency Index と書かれるともっと凄そうに聞こえます。しかし,実際の作りは,以下に説明するとおり,かなり雑です。巷には怪しいランキングが溢れていますので「お遊び」でネタにするならまだわかりますが,大手メディアが大真面目に取り上げる代物ではありません。

数年前から,私は「日本人の英語力が××位!」という話がいかに根拠がないか,そして大手メディアはこの情報にとびつかないでほしいとヤフーニュースで発信してきました。しかし,大手メディアのいくつかは(批判的吟味なしで)そのまま報じてきました。ウェブメディアにいたってはさらに状況は深刻で,引用するライター・評論家が跡を絶ちません。とくに日経新聞さん,今年こそ報じるのをやめてください!

英語力ランキングの怪しさ

EF英語能力指数は,EF社のオンライン英語力診断テストを受験した人々の成績をもとに算出したものです。ランキングは,受験者の平均スコアを国別に算出して,それを上から順番に並べているわけです。したがって,各国民を偏りなく調査した統計ではなく,その英語力診断テストを受験した人々の平均値に過ぎません。

「でも,実際の値からちょっとくらい偏りやズレがあったって,おおよそが分かればいいのでは?」と思う人もいるかもしれません。しかし,そのズレが「ちょっとくらい」であるかは未知数なので,「おおよそが分かる」かどうかの保証もありません。なぜなら,このテストの受験層がどういった人たちなのか,想像することはかなり困難だからです(ここが,TOEFLやIELTSのような伝統的な英語テストと大きく違う点です)。

「英語ができないし学ぶ気もない人」は英語力診断テストを受けないでしょうし,逆に,「既に英語でバリバリ仕事や勉強をしている人」も受験するインセンティブはゼロ。英語学習中の人であっても,既に他のテスト(TOEFLなど)で自分の実力を把握している人は受けないでしょうし,そもそもこのテストの存在を知らない人も対象者から抜け落ちます。また,国にもよりますが,インターネットへのアクセスが限定的である人も対象に含まれません。

したがって,多少の順位の差は,ほとんど無意味な情報です。たとえば,「何々国の順位は××位!日本よりも10個も上!日本人は英語力でも負けている!」のようなまとめ方は,間違いです。もっとも,順位がたとえば四,五十以上違う上位層グループ(たとえばシンガポール)との比較であれば,それなりに実態を反映しているでしょうが,(準)英語圏と非英語圏の間で英語力の差があるのは当然であり,このランキングをわざわざ参照する必要はありません。

上がったか下がったかもわからない

各国の順位・スコアの差に意味がないのとまったく同様に,ある国の年ごとの推移にも意味がありません。

前述の通り,その国のどんな層が受験しているか不明ですが,これとまったく同じことが,各年の受験層にも言えます。受験者層は,年によって流動的であるため,たとえば,2021年と比べて2022年が下がったとしても,その原因が日本人の英語力が下がったためなのか,それとも,英語力の低い受験者が増えたためなのかはわかりません。

実際のデータを丁寧に見ると,怪しさ満載・・・

ちなみに,このランキングの怪しさは,実際のデータを見ても理解できます。

その筆頭が,スコアの乱高下です。点数が毎年大きくブレており,この点からも信頼性の乏しさは一目瞭然です。

以下の図をご覧下さい。得点の換算方法が2020年に変わっているので,2019年までのデータをもとにしています。

このランキングによると,日本は,少し前までは英語力が比較的高い国でした。 2011年においてインドより上,2012-2015年において香港より上だったわけです。 いくらなんでもそんな「実態」を信じる人はいないでしょう。 ご存知の方も多いと思いますが,インドも香港も英語は公用語の機能を果たしています。

各国の推移(EF社レポートをもとに筆者が作成)

おもしろいのは(いや私はおもしろくないですが),10年前の日本の位置です。

図の縦軸の50.0 が平均ラインですが,2011年頃の日本はこれより上に位置していたのです。図を見る限り,「上の下~中の上」です。「日本人の英語力は低い!」と言う人(この主張は正当だと思います)の多くが,当時は,「日本の英語力がそんなに高いはずがない!このランキングは信頼できない!無視!」と言っていたと思います。つまり,データに基づいて意見を言うのではなく,意見に基づいてデータを取捨選択しているわけですね。私が批判しているのは,「日本人は英語が低い」という主張ではなく,こういう結論ありきのデータの使い方なのです。

次に,データが入手可能なすべての国の状況を見てみましょう。

データに欠損のない81の国・地域の推移。筆者作成

乱高下はさらにはっきりと見て取れることがわかると思います。

もしそのスコアが国民の英語力を適切に反映しているとすれば,1年でこれほど乱高下するはずがありません。 もちろん,その国の国民や政府が前年に行った改革努力が現れている可能性はあります。しかし,国民全体の能力開発が短期間で大きく向上することは考えにくいので1,乱高下は,改革の成果ではなく,受験者層の変化をを反映していると考えたほうがよいでしょう。

そもそもEFは,代表性に注意せよと言っている

なお,EF社は,スコア報告書の中で,disclaimer としてこの指標の限界点に言及しています。とはいえ,まるで各国が競っているかのようにプレゼンテーションするのは,ミスリードを狙っていると思われても仕方がないような気がします。

そもそも,この指標がEF社の営利目的によるものという点も注意すべきでしょう。第一に,このランキングは同社の英語力診断テストの「副産物」であり,第二に,そのプレスリリースは,同社がプロモーションの一環として行っているからです。正確な実態把握を目的とした調査ではないのです。


  1. 例としてGDPと比べるとわかりやすいと思います。GDPランキングって乱高下していますか?

(追記:録音アップしました)EF英語能力指数2023発表直前緊急スペース開催

後日談(追記 2023年11月18日)

無事にスペースが終了しました。録音がありますので,様子を知りたい方はお聞きください。途中で音声トラブルが発生し,前半と後半にわかれてしまいました。




告知

明日(2023年11月5日)の22:30から「EF英語能力指数2023発表直前緊急スペース!」を開催します。https://twitter.com/i/spaces/1dRKZEwbRerxB/peek

共同ホストに,「英語業界のおかしなランキングを考える会」の会員のお二人(以下)をお迎えしてお送りします。

議題は, (1) 今年の日本の順位は? (2) 1位の国は? (3) 今年も報道するマスコミは現れるのか? などです。

物申したい方,歓迎いたします。私までDMください。

参考情報

日本のこれまでの順位
  • 2011: 14位
  • 2012: 21位
  • 2013: 26位
  • 2014: 26位
  • 2015: 30位
  • 2016: 35位
  • 2017: 37位
  • 2018: 49位
  • 2019: 53位
  • 2020: 55位
  • 2021: 78位
  • 2022: 80位

これまでの第1位の国

EF EPI rankings 2011-2022

「日常的に英語が使われていない日本では,教室内でこそ英語をできるだけ使うべきだ」について。

  • (1)「日本では英語はあくまで外国語。学校外での英語の接触量が少ないので,教室ではできるだけ英語を話して,インプット総量を増やすべきだ」

という意見をよく目にする。(論文でも目にした)

しかし,この理屈は変。

同じ出発点から,

  • (2)「日本では英語はあくまで外国語。学校外での英語の接触量が少ないので,インプット総量はたかが知れており,必ずしも英語を話す必要はない」

も導けるからだ。

暗黙的な補助理論

要するに,上記の主張は前提と結論がつながっていない。ただ,言いたいことはわかる。わかるのだが,論理をただしくつなげるには,以下のような補助理論を入れる必要がある。

前者の理屈には,

  • (1a)「インプット総量が小さいうちは,わずかな量の差でもパフォーマンスに大きく影響する」か,あるいは,
  • (1b)「教室での英語使用は,卒業以降の学習継続(=継続的なインプット)や習慣形成のための動機づけに効果がある」

辺りの補助理論がないと理屈が通らない。

他方,後者の理屈には,

  • (2a)「インプット総量は線形的に効くので,わずかな量の差がパフォーマンスに影響することはない」

辺りの補助理論が必要。

オッカムの剃刀的には,線形を仮定する 2a の理屈のほうがよりシンプルなので,冗長な (1a) の非線形仮定よりも分がある。もっとも,(2)のような「~する必要はない」という主張は,「~する必要がある」という主張よりも論理的には強いなので,アンフェアな比較ではあるけれど。

これはかなり初歩的なロジックだとおもうけれど,「英語は英語で」に強すぎる信念(賛成にせよ反対にせよ)を持っている人にはどうもわからないらしい。補助理論をすっとばしてしまうようだ。この手の「情熱的」な人は,政策論に手を出すのはやめたほうがいいんじゃないんだろうか。もっとも,指導法論とかならむしろその熱意が輝くと思うけれど。

以下余談

これは実験してみないとわからないけど,私の邪推としては,「英語は英語で」支持は,純粋に指導手続き・指導原理に対する支持というより,それを可能にする教師の能力に対する肯定評価という気はするんだよね。同じ文法訳読の授業でも,その教員の背景情報が変わると,支持度が変わったりとか。

シナリオ実験で,同一の授業シナリオ(文法訳読だったり,all in English だったり)を読ませるけれど,唯一,教員の背景情報(帰国子女とか,母語が実は英語だとか,元同時通訳だとか)だけを変えておいて,最後に政策パッケージへの支持度を聞く,みたいなイメージ。

「英語は英語で教えるのが国の方針だから公立校教員は守れ」論の誤解

先日,連続ツイート(以下が発端)したものをこちらにまとめます。


「英語は英語で教えるは国の方針」の誤解

「All in English は国の方針だから公立校は守れ」論,たまに聞きますが,これはとてもよくある誤解なので,そのポイントを以下に解説します。英語教育研究者でも政策が専門じゃない場合誤解している場合すらあります。

1. 公立校(自治体立)は国の管轄ではない。

公立校がしたがうべきは,まずは地域(自治体)の判断

2. 学習指導要領はあくまで「告示」

国の方針とされるものは,学習指導要領という告示文書。告示とは,要するに,文科省の役人による作文のことである。我々の民意を直接反映しているわけではなく,したがって,法律なみの拘束力があるわけではない。

もっとも,役人が独善的に作文しているわけでもなく,民主的プロセスを経て発表されていることになっているので,相応のリスペクトはすべきだが,だとしても,法律ではまったくない。

3. 「法的拘束力」の守備範囲

学習指導要領の総体には法的拘束力があるとされているのは事実(ただし,明文規定はない。様々な教育裁判の結果,こういう判断になっただけ)。しかし,学習指導要領内の個々の記述に法的拘束力を認めるような見解は皆無(法令文じゃないので当然)。あくまで総体としての拘束力があると言ってるだけ。

4. 個別の記述を法律の条文のように誤読する愚

学習指導要領の「授業は英語で行うことを基本とする」という記述は,明らかに個々の記述の範囲のものであり,法的には個々の教員に守らせるような拘束力は一切ない。そもそも,当該の記述は「~を基本とする」であり,「英語のみで教えなければならない」とは書かれていない。

5. 指導要領の守備範囲

蛇足ついでにいうと,学習指導要領は,総体としては,国公立学校だけでなく私立学校も拘束するので,「学習指導要領の言う通りにする気がなければ,私学に行け」も荒唐無稽な主張。

【ご報告】「#英語業界のおかしなランキングを考える会」

このたび,「英語業界のおかしなランキングを考える会」を立ち上げました。

趣旨は下記のサイトにありますが,要するに,EF英語力ランキングやTOEFL国別ランキングを取り締まる有志の会です。

会員は随時募集しています。

英語業界のおかしなランキングを考える会

https://elt-ranking.jimdosite.com/