- カレイラ松崎順子 2011 「JGSS2010による早期英語教育に関する意識調査」 大阪商業大学JGSS研究センター編『日本版総合的社会調査共同研究拠点 研究論文集11』(pp.35-45). →こちらからPDF版をダウンロード可能
小学校での英語教育の賛否をたずねた意識調査は既に多くなされていますが、そのほとんどが「小学校の先生」だったり「児童の保護者」だったり、はたまた「インターネットアンケートの登録者」を調査対象にしたのものです。つまり、既存の調査は、特定のグループのみの「賛否」を聞いているに過ぎないということです。もちろん、ほとんどの調査で「賛成」が多数を占めることや、新聞の投書やネットの記事にも「賛成」意見があふれていることなどから考えても、「日本国民」全体でも、おそらく「賛成」多数だろうということは推察できていたわけですが、まだ確たる証拠があるわけではありませんでした。
そこで、上掲の論文です。この論文は、「日本国民」全体から無作為に抽出した標本(JGSSデータ:標本台帳は選挙名簿)に基づき、小学校での英語教育の賛否の状況を明らかにしています。無作為抽出に基づいているという点で、本研究の結果は、従来の調査よりも、「日本国民」の意識を正確に代表しているということが言えます。特に、選挙名簿に基づいて「日本国民」を定義しているという点を考えると、本調査結果は「有権者」の意識をかいま見ることができるものであり、したがって、英語教育政策を論じる上で大きな意義があると言えるでしょう。なお、本論文の分析テーマは、「小学校英語の賛否」以外にもありますが、以下ではこのテーマのみをとりあげます。
9割近くが、小学校での英語教育を支持
「学校での英語教育は、どのくらいの時期から始めるのがよいと思いますか」という問いに対して、「中学校から」と回答した人は11.2%程度で、9割近くの人は小学校以前からを支持しているようです(p.39, 表2参照)。また、「小学校入学前から」と就学前英語教育を支持するひとも28.8%もいることは、個人的には意外でした。
どの世代でも、小学校英語賛成
もしかすると、小学校英語教育を賛成しているのは、若者や幼児・児童を持つ親―つまり、比較的若い世代―であると思っている人もいるかもしれません。しかしながら、本論文での結果は、その予想を明確に否定しています。p.41の表9では、英語教育の開始時期についての意見が世代によってどのように差がでるかを検討していますが、どの世代でも9割前後の人が「小学校以前」の学習開始を支持しており、明確な世代差は見られません。なお、これは「中学入学以前/以後」の境界についての話であり、たとえば「就学前英語教育」の賛成・反対には若干の世代差があらわれているようにも見えます(表9参照)。
「英語ができる/できない」と、早期英語への賛否との関係は薄い
また、あくまで俗説レベルですが、「英語ができない人たちが、小学校英語を後押ししてきた」というような意見もあります。どういうことかというと、自分たちは英語ができない、これは英語教育の開始時期が遅かったからだ、ゆえに、小学校から学習を開始すればよい、というロジックです。いわば、「ルサンチマン」論で、小学校英語が導入される背景としてしばしば持ち出される議論でもあります。
しかし、英会話力と英語読解力ごとに学習開始時期を集計した表11および表12の結果によると、両者の関係性はかならずしも強いものではありません。
いずれのクロス表でも、「英語力が低ければ低いほど、早期学習開始に賛成」というような(あるいはその逆の)相関関係は見いだせません。論文中の「グッドマンとクラスカルのγ」は、この関係の度合いを表す指標ですが、いずれも 0.05 を下回っており、ほとんど相関関係はないと考えられるでしょう。なお、論文の各クロス表の下に「p < .01」という表記があり、統計的有意を含意していますが、これはあくまでカイ2乗検定による「独立性の検定」だと有意だったということであり、「有意な相関があった」という意味ではないのでご注意下さい。
「国民は9割支持」をどう考えるか
正直に言うと、ここまで圧倒的な支持が出るとは思いませんでした。というのも、2007年のベネッセ教育研究所による保護者を対象にした調査ですら、7割程度だったからです。つまり、保護者ですらそうなのですから、国民全体であればもう少しマイルドな結果になるだろうと予測したわけです。これにはいくつかの要因が考えられます。
1. 調査時期が2010年
すでに、2011年から小学校で「外国語」活動が行われるという状況から考えると、中学からの学習開始を支持する人は、明確な意見を持っている人に限られるという可能性です。
2. 学校教育における位置づけがあいまい
上記の設問には、「公立小学校」や「必修化」「教科化」などという文言はありません。最近話題になっている「小学校英語開始」というのは、厳密には「公立小学校」で「外国語」活動が「必修化」(教科としてではない)というものですが、回答者はずっと広い意味で「小学校英語」を理解して回答したために、支持率が多くなったという可能性です。なお、設問があいまいなのは、特定の政策に関して、過度に厳密な定義による設問を用いると「DKNA」が増えてしまうことを避けるための苦肉の策だと思われます*1
3.「ポジティブリスト」的発想
苅谷剛彦氏が『欲ばり過ぎるニッポンの教育』(講談社、2006)で、小学校英語での世論に関して用いていたのが「ポジティブリスト」という説明です。これは、学校教育に対して、大衆は多くのことを「あれもすべき、これも教えるべき」というように際限なく学習メニューを詰め込むことを指しています。
この点を念頭におくと、多くの人が「英語教育は早くから開始したほうがよい」と思っていたとしても、「何よりもまず早期英語教育を優先すべき」と思っているとは限らない、とも言えます。「学校のリソースは限られています、それでもあなたは、英語教育の早期開始を支持しますか?」と聞けば、もっと支持者は減るかもしれません。
しかし、いずれにせよ「国民の9割支持」はおもく受け止めるべき結果だと思われます。特に、小学校英語の反対派*2の方の中には、小学校英語政策が言語習得論的に間違っているということを強調する方がいます。一方で、「有権者」の多く支持しているという現状を見るなら、「政策的に正しい」面がある点も念頭に置くべきだと思いました。もちろん、「多数派の意見に基づいて政策を決定すべし」という正当化をしているわけではありません。反対論を組み立てるうえで、「有権者の意見」を前提にすべきである、という意味です。