こにしき(言葉・日本社会・教育)

関西学院大学(2016.04~)の寺沢拓敬のブログです(専門:言語社会学)。

いいかげんなエイゴに寛容だった60年代?

日本人の英語―横文字文化の盲点 (1969年) (三省堂新書)

日本人の英語―横文字文化の盲点 (1969年) (三省堂新書)

著者らは、当時の巷の英語の誤用(というか「いいかげんなエイゴ」)にひどく腹を立てていたらしく、本書は、その怒りを書きつづった本。


本書に登場する実例は、『時事英語研究』に連載された「町で見た英語の実態」の一部を資料に基づいているとのことなので、実際の初出年代は同書出版年(1969)とズレるはず。その点には、注意されたい。


著者らの怒りについては、個人的には、結構どうでも良かったんだが、面白かったのは、60年代には、公共性の高い標示にも「いいかげんなエイゴ」(誤用など)が見られたということがわかる点だ。その例として、本書で紹介されているものに、駅の掲示国鉄の例)や交通標識があった。


後者については、昭和35年12月27日の半田一郎氏の投書が紹介・引用されている。以下、実際の朝日新聞の記事(データベース聞蔵を利用した)から引用する

文法 "違反" の新道交法

道路交通法とともに道路標識令も新しくなりましたが、やがて全国に立てられるはずの新標識の原図を見て驚きました。そこに併記されている、あきらかに英語らしい外国語の、ゾッとするほどのおはずかしさにです。

「駐車可」が MAY PARKING 「停車可」が MAY STOPPING 「駐停車可」がMAY PARKING AND STOPPING だそうです。助動詞 MAY のあとには動詞の原形が来ることぐらい、中学一年生でも知っています。…(中略)…

「右折外小回り」の RIGHT TURN TOWARD IMMEDIATE OUTSIDE は、どんな "専門家" の創作か存じませんが、よほどカンのいい外国人でも、タメ息とともに立ち往生してしまうでしょう。「歩行者横断禁止」の NO CROSSING FOR PEDESTRIANS 「車間横断禁止」の NO CROSSING FOR VEHICLES なども○×式でいけば、みんな×です。…(中略)…
内容の伝達は二のつぎで、日本語の字句を単にお役所仕事で外国語に裏返ししようとすると、こんなことになります。

このような、英語の非母語話者の誤用を云々すること自体は、たとえばEngrish.comのような「"変"な英語を笑おう」というサイトで盛り上がっているが、このサイトでもほとんどがTシャツなどのデザインや広告などが中心である。上記の引用のような公的な性格の強い「"変"な英語」はなかなかお目にかからない。


いまでもたびたび「日本のお役所英語のおかしさ」が指摘されることはあるが、上記のものほど最低限の情報伝達すら危ういものはなかなかない気がする。そういった意味で、60年代以前は、英語の誤用に対し、まだ寛容―というか、「どうでもいい」と思われていた時代だったのではないだろうか。いわゆる「英語支配論」者が持ち出す、「戦後の日本人はみな英語アレルギーになって」云々という話は、「エラい人」たちによるこうした「おおらかな」誤用を見る限り、かなり当てはまりが悪い気がするがどうだろう?


なお、著者らによると「これをきっかけとし訂正を要求する声が高まったが、警察庁の『専門家』は自信たっぷりで、法律として成立してしまったものは簡単に訂正できないとかで、結局五年間そのまま押し通してしまった」とのこと。