こにしき(言葉・日本社会・教育)

関西学院大学(2016.04~)の寺沢拓敬のブログです(専門:言語社会学)。

「なんで英語やるの?」の戦後史

id:anfieldroadさんの第5回・英語教育ブログ一斉更新企画に参加します。
参加ブログの一覧がこちらに掲載される予定:http://d.hatena.ne.jp/anfieldroad/20131101/p1

なんで英語やるの?

今回のテーマは、

「生徒に、『なんで英語なんか勉強しなくちゃいけないんですか?』と訊かれたら、何と答えますか」

です。


答え

以下の本を読みなさい、と答えます。(そして「買って読みなさい」と。)



「なんで英語やるの?」の戦後史
--- 《国民教育》としての英語、その伝統の成立過程---


この本は、私(寺沢)の博士論文*1を一般向けにリライトしたもので、研究社より2014年の1月前後2月24日に発売する予定です。(ページ数は300頁ほど、本体2800円)
詳細:http://www.kenkyusha.co.jp/purec/#ISBN978-4-327-41088-9

「なんで英語やるの?」の歴史は、「なんで英語やらせるの?」の歴史


本書のテーマをひとことで言うと、

  • 戦後、選択教科(やってもやらなくてもよい教科)としてスタートした中学校の英語が、政府や旧文部省はそんな指示を一切だしていないにもかかわらず、なぜ「国民」全員がやるようになったのか

です。


現代の英語の先生は、生徒から「なんで英語やんなきゃいけないの?」と問われたとき、けっこういろんな理由(口実?)を持ち出すことができます。たとえば、「これからの時代、ビジネスで英語は必須だから」とか「グローバル化で世界中のひとと話さなきゃいけない世の中になりつつあるから」とか、そして案外最も重宝されているかもしれないものが「入試に必要だから」。


しかし、「選択」教科を、まるで「必修」教科のように、こぞってみんなが履修するようになった昭和30年代の社会は、そんな理由/口実がうまく機能する状況ではありませんでした。ビジネスで英語を使う必要もなく、グローバル化もごく限定的。そもそも戦後初期の日本は、超貧乏で貿易額もわずか、海外渡航も自由化されておらず、むしろ農業人口がまだ多く、「農家に英語なんていらんよ」という声が頻繁に聞かれていた時代でした。また、戦後初期には高校入試には英語の試験はありませんでしたし、高校に進学する人も半分程度しかいなかった時代です。


どうしてこうした「逆境」にもかかわらず、英語教育は、国民教育になったのでしょうか。


この謎が明らかになったところで、「なんで英語なんかやらなきゃいけないの?」と問うた生徒は納得しないかもしれません。しないかもしれませんが、「オトナの事情」はわかるようになるはずなので、少しは怒りがおさまるかもしれません。

*1:「新制中学校英語の『事実上の必修化』成立に関する実証的検討:《国民教育》言説および社会構造の変化との連関を中心に」東京大学総合文化研究科2013年度博士学位論文