こにしき(言葉・日本社会・教育)

関西学院大学(2016.04~)の寺沢拓敬のブログです(専門:言語社会学)。

小学校英語教育学会第七回大会発表原稿


発表題目 「小学校英語の『教育目的/指導目標』明確化のための一提案――論争の分析を通して」

0. 本発表の構成

1. 目的、方法、定義
2. 論争の全体像の提示
3. 議論における非共有領域の分析
4. 考察

1.1. 本発表の目的

本発表では、小学校英語の論争の整理を通して、各立場の間の認識のずれを描き出し、その「認識のずれ」を理解することでより明確な目的設定へのヒントへの指針とすることを目指す。(なお、教育目的および指導目標を明確化することは(言うまでもないことかもしれないが)教育政策のレベルにおいても教室実践のレベルにおいても意義深いことである。あいまいな教育目的では、その成否について評価を下すことはできない
教室実践のレベル:指導目標を不明確なまま取り組めば、教育実践に「ブレ」が生じてしまうし、その結果に対し正当な評価を下すこともできない (参照: 苅谷, 2002; 苅谷・増田, 2006)))。

1.2. 方法

方法としては以下のとおり:

  • 小学校英語の是非に関する主張の整理
    • 具体的には、言説分析のアプローチによる論争の分析(参考:今津・樋田, 1997; 広田, 2000; 苅谷, 2001 )
    • キーワード検索(後述)という手法を併用
  • 整理を通じた全体像の描出
  • 各主張における共有領域・非共有領域の特定

ただし、本発表は「論争」を紹介するものではなく、また、賛成派の主張、反対派の主張の問題点を検討するわけではないので、<賛成派、反対派>という単純化された対立軸を用いるわけではない。

1.3. 言説分析の対象

  • 対象とする媒体
    • 新聞各紙:朝日新聞、読売新聞、日経新聞
    • 英語教育雑誌、『英語教育』 (大修館)、『新英語教育』(三友社)、『現代英語教育』(研究社出版)、『英語展望』(英語教育協議会)
    • その他小学校英語の理論面の議論を展開している書籍等:大津(2004;2005;2006)をはじめとして多数
  • 対象とする期間
    • 1991年から現在(2007年3月)まで
      (文部省初等中等教育局長の私的諮問機関として「外国語教育の改善に関する調査研究協力者会議」が設置された時期を考慮)

1.4. 語の定義

本発表においては、「賛成(派)」「推進(派)」および「反対(派)」「慎重(派)」という表現を多用するが、その意味するところはあくまで最終的な結論として、導入を支持しているか否かを示している。論争においてはグレーゾーンに位置する論者・主張が多数存在するが、それらはすべて導入に対する最終的な立場にしたがって分類したに過ぎない。

2.1. 論争の全体像

「導入」の是非については、二つの異なる観点から議論されている(寺沢, 2007a; 2007b)。それは、[A]教育目的に関する議論と、[B]導入による問題点に関する議論である。前者は、学校教育を通じてどのような能力や態度を育成すべきかという目的の是非に関する議論であり、後者は、小学校に英語を「導入」することによって生じるであろう問題点に関する議論である。本発表では、 [A]教育目的に関する議論に焦点化し、[B]導入による問題点に関する議論には触れない。

[A]教育目的に関する議論はさらに、3つの次元に区別することができる。まず、「提案内容」(A2)がある。これは例えば「子どもたちの英会話の力を伸ばしたい」「異文化理解を育むべき」といったものである。そして、その提案内容の前提となる「現状認識」(A1)がある。これは例えば、「現在の日本人の英語能力は低くグローバル化に対応できない」から英会話能力育成をすすめるべき、といった主張である。そしてその提案内容と小学校導入を結び付ける「根拠」(A3)がある。さらにこの根拠は、なぜ小学校段階に学習開始年齢を引き下げる必要があるのかという「早期開始の根拠」(A3-1)と、数ある外国語の中からなぜ英語を選ぶべきなのかという「英語選択の根拠」(A3-2)に分けられる。

2.2. 英語力育成/内面的育成の区別

次からは、[A2]提案内容に関して区別しなければならないことを示す。「導入」議論においては、児童の英語能力(スキル)の向上に焦点をおく目的論と、児童の内面的育成を強調する目的論を、それぞれ異なるものとして区別しなければならない。両者を区別する考え方として代表的なものに、松川禮子による区別(松川, 2001; 2003 2004a; 2004b; 2004c; 2006)や中教審外国語部会「必修化の提言」(文部科学省, 2006)などがある。

これは、具体的には次のように表現されている:

  • 英語力の向上
    • 「日本人の英語力改善」(松川, 2004c: 45)
    • 「英語のスキルをより重視する考え方」(文部科学省, 2006)
  • 内面的育成
    • 「小学校教育課程の新しい枠組みづくりの一環」(松川, 2004c: 45)
    • 「国際コミュニケーションをより重視する考え方」(文部科学省, 2006)

2.3. 「態度」論の区別

「スキル向上」vs. 「態度育成」のように、目的論を区別する必要もある。しかしながら、この中でも特に「態度」論は、一枚岩的に捉えられるものではない。実際に主張されている「態度の育成」には、様々なものがあり、これらを区別するためには詳細な分析が必要である。そこで、キーワード検索(脚注参照→((「態度」のキーワード検索とは、小学校英語に関する雑誌記事のなかから「態度」と表現されているもの(単語)を抽出する方法である。具体的な手法としては、(1) 雑誌記事をスキャナでPCに取り込む、(2) OCRソフトを用いてテキストファイル化、(3) 専用ソフトを用いて全文検索といった流れである。

キーワード検索の結果、態度には外国語・英語学習を前提としているものと、外国語・英語学習を前提とはしておらず、直接的な関係は少ないものとに区別できる。さらに、後者は、その性質上、「異文化への態度」と、「会話への態度」というように区別できる。

以下は、キーワード検索で該当したもの(出典は省略):

  • 外国語・英語学習前提の態度
    • 「音」で伝えられる情報に、的確に対処できる「聞く」態度
    • その後の学習のために積極的な態度
    • 英語を、大意を取りながら聞き続ける態度
    • 中学以降の学習に対する積極的な態度
    • 英語を使うことについて積極的な態度
    • 英語を聞き取ろうとする態度
    • 英語学習に対して積極的な態度
    • 中学校以降の英語学習に対する積極的な態度
    • 外国語を使って積極的にコミュニケーションをしようという態度
    • 多様な外国語の学習に対する意欲・関心などの態度
    • 中学以降の学習に対する積極的な態度
  • 異文化への態度
    • 異なる価値観、文化を持つ人々と積極的にコミュニケーションを図る態度
    • 異なる言語や文化を持つ人々と、聞かれた心で積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度
    • 異言語、異文化、異民族に対する態度
    • 目標言語圏や目標言語圏以外の外国人との相互交流に積極的な態度
    • 異質なものに対する寛容な態度
    • 異文化受容の態度
    • 異文化理解…などの態度
    • 生活習慣や考え方の異なる人々と積極的に触れ合い、理解しようとする態度
    • 外国人に対して、そしてクラスメートに対して偏見やいじめをなくし、友好的で公平な態度
    • 国際理解に対する積極的な態度...この態度は、内なる異文化、さらには異なる・値観を持つクラスの友達にも向けられる
    • 生活習慣や考え方の異なる人々と積極的に触れ合い、理解しようとする態度(5)
    • 生活習慣や考え方の異なる人々と積極的に触れ合う態度
  • 会話への態度
    • コミュニケイションを取りたい、と願う心や態度
    • ますます言語によるコミュニケーションに興味を抱き、心地よさを感じ、もっと英語を使って相手に自分の思いを伝えよう、相手のことを理解しようとする…そういう態度
    • 異なる価値観、文化を持つ人々と積極的にコミュニケーションを図る態度
    • 異なる言語や文化を持つ人々と、聞かれた心で積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度
    • 会話への肯定的な態度
    • 言葉で人と関わることへの意欲や態度
    • 人とことばでかかわる楽しさを子どもたちに気付かせ、自ら人とことばでかかわる態度
    • 積極的にコミュニケーションをしようとする態度
    • 相手の言うことを深く聞いて理解しようとする態度
    • 日本語であれ、外国語であれ、言葉を積極的に使う態度

以上、態度に関する目的論を詳しく分析して明らかになったことは、「態度」と言っても、その目指す内容は一様ではないということである。特に…

  • 英語能力育成を前提とした「英語学習・使用への態度」と、
  • 英語能力育成を前提とはしていない「異文化への態度」「会話への積極的な態度」

…との間には大きな相違があり、これらを区別する必要がある。

2.4. まとめ・各議論のつながり

ここまでで紹介した区別を元にして、小学校英語論争の全体像を図示すると次のようになる。なお、本発表では時間の関係上直接触れられなかった議論についても含めている(詳しくは、寺沢, 2007a; 2007b 参照)。

以降は、この中で認識が共有されていない部分(図中の赤色で着色されている部分)を中心に目的論の「認識のずれ」を見ていくことにする。

3. 議論の非共有領域

次から、非共有領域を中心に見ていく。非共有領域は、図にもあるとおり、3つの領域で見られるが、

  • 「英語スキルの育成という目的」
  • 「言語習得上の利点(早期開始の根拠)」

はそれぞれ関連の深い議論であるので、ひとまとめにして3.1.にて、

  • 「英語選択の根拠:英語の国際性」

については、その次の3.2.で詳しく検討する。

3.1. 議論の非共有領域(1):英語の習得について

英語スキル育成という目的論は、小学校英語の目的(のひとつ)を、児童の英語能力(スキル面)を伸ばすことだと位置づける立場であるが、反対派からだけでなく、賛成派内部からも根強い批判がある。詳しくはつぎのようなものがある。

  • スキル面の効果は見込めない(これは、「早期開始の言語習得上の利点に関する議論」と関連が深い)
  • 英語スキルよりも別の価値を重視すべき
    • 学習態度重視:スキルよりも英語学習の基礎となる学習態度面のほうが重要
    • 内面的要因重視:「異文化への態度」「会話への積極的な態度」育成のほうが重要
    • 日本語力・学力育成のほうが重要

これら全部で4種類の批判のうち、最後のもの以外は、賛成派内部からも出されているものである点に注意が必要である。

3.2. 議論の非共有領域(2):英語選択の根拠と英語の国際性

なぜ、数ある外国語の中から英語が選ばれるのか?という問いに対しては、例えば「英語は話者数が多い」「英語は通用性が高い」といったような英語の国際性と呼べる根拠が示されることが圧倒的に多い。しかしながら、この根拠づけに対しても批判は存在する。代表的なものは次のとおりである:

  • 国際理解教育は英語教育だけで行われるものではない
  • 異文化を、英語文化のみに限定する恐れ
  • 英語を特別視する感情を児童に植え付けてしまう

しかし、これらの批判に対しても賛成派から応答(反反論)がある。すなわち、そのような事態を小学校英語が引き起こす危険性は少ない、あるいは回避可能であるというものである。

4.1.まとめ:賛成派の多様性:4類型

以上の議論をふまえ、賛成派内部でもその認識にそれぞれ相違があることを示し、その「認識のずれ」に基づいた4類型を示す。以下の図のとおり、重視するものが異なることで、次のような立場の相違が生まれている。

具体的には以上のように説明可能である(“S” は、“supporters” の頭文字をとった):

  • S1:スキル育成(だけ)を重視する立場
  • S2:スキル育成と同時に学習態度、異文化への態度などその他の面も同時に重視する立場
    (スキル育成と態度育成は不可分と考える立場と関連が深い)
  • S3:スキル育成よりも学習態度を重視する立場
    (「中学英語の前倒し」反対の立場と関連が深い)
  • S4:英語を通じて内面的育成を目指す立場
  • O:反対派(※その内実は様々)

4.2. 考察および示唆:目的論のために

以上から明らかなとおり、導入推進の主張の中にもおおきな多様性が存在する。これらの主張には、それぞれいくつかの領域で重大な認識の違いがあり、この「認識の食いちがい」に関して徹底した議論を行うことでより明確な目的論を形作ることが可能になるのではないかということが示唆される。

引用文献(本発表での言及分のみ)