こにしき(言葉・日本社会・教育)

関西学院大学(2016.04~)の寺沢拓敬のブログです(専門:言語社会学)。

すぐれた「社会調査論」の自習書

社会調査へのアプローチ―論理と方法 (MINERVA TEXT LIBRARY)

社会調査へのアプローチ―論理と方法 (MINERVA TEXT LIBRARY)


ブックオフ単行本500円均一フェアで「大人買い」を繰り広げていく中、勢いで買い物カゴに放り込んだ本ですが、いざ読んでみると非常に濃く、おもしろく、そして親切な内容でした。社会学系の学生さんだけでなく、広義の言語研究に携わる応用言語学や社会言語学、外国語教育学の方にもお勧めします。


英語教育研究の領域では、研究と称される様々な調査がおこなれてきていますが、その一部には、きわめて「社会調査」としての性格が強いものがあります(たとえば、「実態調査」あるいは「意識調査」*1の類)。しかしながら、そのような研究が自身のフレームを自覚的に「社会調査」の一種だとみなしているかというと、必ずしもそうではないことが多いようです。そのためか、たまに、社会調査における「禁じ手」を堂々と犯してしまっている調査研究も見受けられます。


これは、日本の英語教育研究の構造的問題でもあります。というのも、日本の英語教育研究の学問的トレーニングは、英語英文科的ディシプリンの影響下で行われており(教育学部の「英語教育コース」も元をたどれば英語学・英文学に行き着くと思います)、社会科学としてのトレーニングは必ずしも要求されてきませんでした。調査の際に、狭義の言語現象を測っているのか、それとも、社会現象を測っているのか、その方法論的自覚が曖昧になってしまうことは無理もないことでしょう。


そのような事情を考慮すれば、現時点では、社会調査論を英語教育学の枠内で学ぶことは困難なことだと思われます。ですので、社会調査的な問題意識をお持ちの学生さんは、ある程度、「越境」して勉強する必要があります。


社会調査はある意味で「学問」というより「職人芸」としての性格が強いので、まず、実習することが第一です。大学に「社会調査実習」のような演習があれば、これを受講するのがいちばんです(近年、「社会調査士」という資格ができたこともあり、この種の科目は非常に多く開講されています)。ただ、そもそも自分の問題意識が「社会調査」的なのかそうではないのか、よく分からない方もいると思いますので、その全体像を理解するために、本書は役立つと思います。


本書の特長は多岐にわたりますが、際だっているのは、ページの厚さ、字の小ささでしょうか。外形的なことで恐縮です(笑)
これらが意味するのは、情報量の多さです。といっても、専門的な知見が次から次へとページに押し込められているわけではなく、既習者から見たら、「へえ、こんな細かいところまで明示的に言語化するのかあ...」という懇切丁寧な解説です。自習の足がかりとなることでしょう。その象徴的な一例が次です。

[1936年の米大統領選挙に関する世論調査でギャラップ社は]3000人たらずではあるが階層に偏りが少なくなるように標本抽出を工夫したのである。それは、割当法(わりあてほう = quota sampling)という方法であり、...(p.124、強調は寺沢)

「割当法」の読み方が書いてあります!(笑)

たしかに、独学者にありがちな「あるあるネタ」の一つとして、慣用的でない読み方で用語を覚えてしまっているというのがあります。そういうのが、この本では、回避できる....のかもしれません。まあ、読み方なんて概念が分かっていればどうだっていいと思うんですが、個人的には。

*1:社会心理学のように心理因子をきわめて限定的にモデル化しているわけではなく、もっと一般的に広い意味での「意識」―「意見」や「印象」「イメージ」などとも言い換え可能―を問うているもの