こにしき(言葉・日本社会・教育)

関西学院大学(2016.04~)の寺沢拓敬のブログです(専門:言語社会学)。

「新自由主義=グローバル化」観から問い直す小学校英語

来週、第22回 小学校英語教育学会(JES) 四国・徳島大会で発表します。発表準備を兼ねて、予稿集原稿をアップ&加筆していきます。

ちなみに、発表タイトルの「問い直す」は、大会テーマである「今こそ問い直そう、新しい時代の小学校英語教育」に引っかけています。往々にして黙殺されがちな「大会テーマ」なるものですが、健気に言及して大会を盛り上げようとする私の涙ぐましい学会愛をだれか褒めてください。個人的には、「みんな、問い直す価値のあるものをまず構築してよね!」という思いの今日このごろです。

タイトル

新自由主義グローバル化」観から問い直す小学校英語

1.研究の目的

 「グローバル化」は小学校英語論議の枕詞だが、同時に、「呪文」でもある。なぜなら、論者は誰もGlobalisation Studies の先行研究を参照せず、単なるキャッチフレーズとして使っているだけだからである。Globalisation Studiesでは、通常、グローバル化新自由主義の密接な関係が頻繁に言及されるが、以上の事情から、日本の英語教育論議ではグローバル化新自由主義に関する諸概念の検討は進んでいない。一方で、英語圏の英語教育学ではすでに、早期英語教育と新自由主義を関連付けた研究が増えている。こうした知見を踏まえながら、日本の早期英語を改めて問い直すことが重要である。以上が本発表の目的である。

2.グローバル化新自由主義

 新自由主義の表面的な定義は、伝統的に政府の役割とされてきた領域(例、教育、福祉、インフラ整備)を、市場(=人々の自由な選択)に移管すべきだとする考え方である。ただし、実質的な定義は、ハーヴェイ (2007) が喝破した通り、グローバル資本家階級(多国籍企業等)の利益にかなう形で様々な制度(例、教育)を市場化することである。つまり、新自由主義では、様々な決定事項が、ローカル・国内の都合よりもグローバルな権力によって左右される。これを小学校英語の文脈で言えば、小学校現場の事情よりもグローバルな政治経済が優先され、直接の関係者(児童、教員、その他)の利益が軽視される状況である。

3.新自由主義と早期英語教育

新自由主義と英語教育に関する研究は英語圏において既に多数あるが (e.g., Block, Gray, & Holborow, 2012, see also 久保田 2018)、早期英語教育に注目している研究として Sayer (2015) は大いに参考になる。Sayer は、メキシコの公立小学校英語を事例に、一連の政策が、グローバル市場を利する労働者(いわばグローバル人材)の創出を目的としていたと論じている 。ただし、皮肉にも、学校リソースの整備に大規模に予算投入をするわけではなく、むしろ改革の「足かせ」になり得る教員組合は再編成されている。

ここには一見すると矛盾がある。なぜなら、資本家階級の利益となる「グローバル人材」育成にとって、初等教育への注力は効率が悪いためである。しかも、早期化そのものには劇的な効果が認められないことはもはや定説である (Pfenninger & Singleton, 2019)。これに対するSayerの答えは、国際競争力指標のような「見栄え」を改善してグローバル資本家にアピールするために、英語教育の早期化が機能したというものである。

 これは、グローバルな想像力 (global imaginary) の働きでもある。Enever (2018) が示したとおり、「隣国もやっているから我が国も」という早期化論は、論理的には破綻しているが、この手の国際的政策借用は、実際には、早期英語のグローバルな拡大に大きな影響力を発揮したからである。

文献

  • Block, D. (2018). Political economy and sociolinguistics : neoliberalism, inequality and social class. Bloomsbury Academic.
  • Block, D., Gray, J., & Holborow, M. (2013). Neoliberalism and applied linguistics. Routledge.
  • Enever, J. (2018). Policy and politics in global primary English. Oxford University Press.
  • Pfenninger, S. E., & Singleton, D. (2019). Making the most of an early start to L2 instruction. Language Teaching for Young Learners, 1(2), 111–138. https://doi.org/10.1075/ltyl.00009.pfe
  • Sayer, P. (2015). “More & Earlier”: Neoliberalism and Primary English Education in Mexican Public Schools. L2 Journal, 7(3). https://doi.org/10.5070/l27323602
  • ハーヴェイ, デヴィッド. (2007). 新自由主義 : その歴史的展開と現在. 作品社.
  • 久保田竜子. (2018). 英語教育幻想. 筑摩書房.