こにしき(言葉・日本社会・教育)

関西学院大学(2016.04~)の寺沢拓敬のブログです(専門:言語社会学)。

現行断片の墓場――2010年代のJASTEC・JESの学会アピール

みんなお待ちかね、原稿の墓場シリーズ!!!


ここまで、2010年代の政策過程を見てきたが、以下より政治の外の動きを見てみよう。 本節で学界の状況、次節で社会的な動向を見ていく。

学界動向

学術的な動きとしては、結論から言えば、2000年代のような激しい論争はもはや行われなくなった。 と言っても、英語教育関係者の多くが反対派も含めて小学校英語の意義に「目覚め」、ついに学界が一丸となって「小学校英語応援団」に転換したなどというわけでは決してない。 主たる原因は、推進派と慎重派の間で対話が停滞したためである。

推進側

まずは推進側の動きを見てみよう。 日本児童英語教育学会は、2012年に「小学校外国語活動の教科化への緊急提言」を発表した(第NNN章で見た1995年のアピール、および2006年のアピールの後継である)。 このアピール文はインターネット上でも確認できるが、お世辞にも読みやすい文章ではない。以下、筆者が要約したものを記す。

  1. 小学校低中学年は、外国語教育・異文化理解教育の適期である。中学・高校との一貫性のある外国語教育のため、小学校で外国語を必修教科にすべきである。
  2. 小学校3・4年で外国語活動型の英語教育を週1時間、小学校5・6年でスキル育成型の英語教育を週2時間の実施を提案する。
  3. 一貫性のある英語教育のため、中学高校と同様に、小学校修了時の到達度目標の設定を提案する。
  4. 指導内容等は以下を提案する。

    • a 指導内容:聞く・話すを中心に指導し、読む・書くは基本的な表現にとどめる
    • b 言語材料:現在の中学校第1学年程度
    • c 指導方法:コミュニケーション活動を通して学習させる
    • d 評価:態度面・知識技能面を多角的に評価する
  5. 指導者等の条件面については以下を提案する

    • a 各小学校に専科教員を配置し、カリキュラム管理や学級担任の支援、ティーティーチング、その他全体的な調整を行う
    • b 小学校教員養成課程に英語指導を前提としたプログラムを用意する
    • c 学級担任に十分な研修を課す
    • d 指導者不足への対応のため、資質・能力がある者が英語指導をできるよう教員免許制度を改革する
  6. 外国語教育推進のための予算措置を講じるべきである。

明らかに早期化・教科化推進の提言である。 2017年の学習指導要領改訂(および2013年の「グローバル化に対応した英語教育改善実施計画」)と類似した部分があり、後の改革を数年も前に先取りした内容だったと言える。 ただし、同学会のアピールが政府を動かしたという事実はなく、直接の因果関係はないだろう。

2014年夏には、小学校英語教育学会・全国英語教育学会が合同で「文部科学省で検討中の『小学校英語教育の改革』に対する提言」を出している。 以下、冒頭の趣旨説明を引用する。

[公立小は全国に約2万校あるが] これほど多い小学校で外国語(英語)教育の実施学年を早め,教科として教えるためには,例えば,担当できる教員の養成・研修のために莫大な予算と人員が必要である。まして,小学校では音声指導が中心になるが,これには高度な訓練が必要である。
このように,小学校における英語教育の改革には,小学校・中学校(英語)・高等学校(英語)免許の問題,教員養成,担当教員への研修,財政措置,指導(意味・音声・文字を含む指導方法),クラスサイズなど様々な課題や要因が絡んでいる。政府の「第2 期教育振興基本計画」や文部科学省の「グローバル化に対応した英語教育改革実施計画」に盛り込まれているような実施学年の低学年化,指導時間増,教科化,専任教員配置,地域人材や外部講師を採用するための特別免許の交付等を行うには,上記のような条件整備が不十分なままの見切り発車とならないような万全の準備が必要である。

このあと、提言の前提、そして、具体的提案が続くが、詳細は割愛する。 前述の日本児童英語教育学会のアピールと異なるのは、具体的な施策を、たとえば「小学校第何学年から教科の英語を何時間」などと提案しているわけではない点である。 むしろ、上記引用からも伺える通り、当時すでに既定路線になりつつあった(と少なくとも学会関係者には認識されていた)早期化・教科化に対し、一定の理解を示しつつ、慎重な配慮を求めている。

以上をまとめると、いずれの学会も、政府の小学校英語推進の方向性に一定の評価を示し、そのうえで条件整備等に一層の尽力を求めている。 いずれもかなり政府寄りの物言いであり、教育学系学会に馴染みのある読者には奇異に映るだろうが、英語教育系の学会には行政との「協力態勢」が慣習化しているところも多く、このような提言は特段珍しいことではない。