読了。
筆者も本書で述べているとおり、応用言語学というと、従来は言語教育のことを指すことが多かった。本書は、それだけにとどまらず、社会問題を解決する上で、言語研究の知見を応用することが、応用言語学の仕事であると規定する。
とくに、言語をめぐる権力(パワー)の問題、たとえば言語差別や、少数言語、情報操作に関する問題が、「応用言語学」の名の下で論じられている点は非常に新しいと思う。もちろん、「言語と権力」という問題設定自体は、岩波新書の人文学的「ことば」論では、むしろ王道だったので、応用言語学という切り取り方という点で画期的である、という意味だが。
上述のような社会問題を、言語科学の力で解決しようというのが本書の一貫したスタンスである。こうした「科学」志向は、著者が「言語科学会」(http://www.jsls.jpn.org/)の会長であることを考えると自然である。本書は最初から最後まで、「科学」というスタンスが堅持されている。まったくぶれていない。
ブレがないからこそでもあるが、「言語と権力」をめぐる「科学」以外のアプローチは、本書では割愛されている。
たとえば、「言語と権力」をテーマとした応用言語学の代表選手と言えば、ポストモダン系やマルクス主義系の批判的応用言語学(Critical Applied Linguistics)だろうが、これらへの言及は本文中にはない。しかし、だからこそ総花的にならず、入門書として読みやすくしあがっているのかもしれない。
Alastair Pennycook は、『批判的応用言語学入門』(Critical Applied Linguistics)のなかで、既存の応用言語学を、認識論・社会理論・政治思想の観点から、次の4つのパタンに類型化しているが、本書の立場は、おそらく2番目のアプローチに相当すると思われる。以下は、同書の2章をもとに整理したもの。ただし、オリジナルのラベルには、ほとんど悪口のようなものもあったので(笑)、私が意訳した。
認識論・政治思想 | 代表的な研究者 | |
---|---|---|
1 中立・リベラル | リベラリズム、伝統的応用言語学の実証主義 | H. ウィドウソン |
2 科学的社会批判 | 合理主義、リアリズム、実証主義 | チョムスキー、M. ロング(ただし言及のみ) |
3 近代主義的「解放」志向 | ネオマルクス主義をはじめとした左派思想 | R. フィリプソン、N. フェアクロー |
4 問題化実践 | ポストモダニズム、ポストコロニアリズム、差違の政治学 | S. カナガラジャ、A. ペニクック |
なお、批判的応用言語学については、こちらも参照:
EASOLAで発表、Pennycook論文(「批判的応用言語学」) - こにしき(言葉・日本社会・教育)
あとがきを見ると、著者は、批判的応用言語学もできれば取り上げたかったようなので、より包括的な見取り図は次回作で明らかにされるのかもしれない。また、ペニクックは、2番目の「科学的社会批判」をけっこうばっさり斬ってしまっているのだけれど、それに対する反論も読んでみたいと思った。