こにしき(言葉・日本社会・教育)

関西学院大学(2016.04~)の寺沢拓敬のブログです(専門:言語社会学)。

8章. 彼女たちのネイティブライクな発音はなぜ日本人発音に変わったのか

以下の続き。


Katayama, A. 2015. Two Classes, Two Pronunciations: A Postmodern Understanding of Power in EFL Students’ Classroom Performance. Horiguchi et al. (Eds.) Foreign Language Education in Japan, 119-132. Sense Publishers.
http://link.springer.com/chapter/10.1007/978-94-6300-325-4_8

8.1. Introduction

8.2. Michel Foucault's concept of power and discourse

・"how of power" question: "Foucault attempted to generally explicate how power was internalized by individuals"
・power formation のなかで集団を秩序付けるのが discourses
・discourse は「話すべきひと」「話されるべきこと」を authorizeし、特定のひと/ことを排除する

8.3. Study

8.4. Site

西日本の短大、英文科。27人の生徒。4Bクラスだから「4Bers」と呼ぶ。
Phonetics Class と Discussion Class がある。

8.5. Participants and their one-year trajectory

「調査をしていくなかで発音の問題が salient になったからより深く調査した」という記述あり。

8.6. Two courses, two discourses, two pronunciations

Phonetics コース:同校の伝統的なクラスで、IPAを使ってネイティブライクの発音指導をLanguage Labで叩き込むコース。4Bersは、語彙や文法知識を増やしたいということは殆ど言わなかったが、一方「きれいな発音」習得には情熱を示した。

8.7. Discussion course

ディスカッションコースになると、Phonetics コースでは見られた 4Bersのネイティブ志向の発音がなりをひそめ、典型的な日本人発音に変わった。

8.8. Discussion

・【雰囲気という言説】通常のクラスルームではとてもアクティブな学生が、なぜグループワークでは発話が減ったのか。"Because the fun-iki of the class is already fun-iki of not speaking English" "The ambiguous term, fun-iki, "atmosphere" well reflects the Foucauldian notion of discourses. "
【日本という教育慣習が power として働く】「Discussion クラスでは積極的にならず、Phonetics クラスでは積極的になる」というpractice には、"Japanese-medium, teacher-centered, drill-based classes in which perseverance and repetition are required" が深く根ざしている。

8.9. Conclusion

本研究は、「なぜ英語教育改革施策を現場に導入すると失敗するのか」を明らかにするヒントがあるかもしれない。失敗に how of power が絡んでいるかも