こにしき(言葉・日本社会・教育)

関西学院大学(2016.04~)の寺沢拓敬のブログです(専門:言語社会学)。

「バイリンガル」になれる子ども、なれない子ども (Kanno 2008)

Language and Education in Japan: Unequal Access to Bilingualism (Palgrave Studies in Minority Languages and Communities)

Language and Education in Japan: Unequal Access to Bilingualism (Palgrave Studies in Minority Languages and Communities)


バイリンガル」という言葉を聞いたとき、まっさきにイメージするものはなんだろうか。ふつうの人なら、英語と日本語を自在に駆使する帰国子女や、いわゆる「ハーフ」をイメージする場合が多いと思う。言語学習に対して多少なりとも敏感なひとは、いやいや単に日本語と英語に限らない、いろんな言語の2言語併用のことだと、もうすこし一般的にイメージするかもしれない。さらに、日本の言語教育事情に詳しい人は、国内の様々な二言語併用教育プログラム、たとえばインターナショナルスクールや民族学校、言語的マイノリティの補修校を思い浮かべるかもしれない。


本書の「バイリンガル」の射程は、この3番目の意味である。ある子どもたちは、自分の第一言語に加えて新たな言語を習得し、「バイリンガル」になるのに対し、また別の子どもは2言語のうちどちらかを喪失してしまう。この子どもたちの間の格差は何か。それが本書の中心的な問いである。


本書は、著者が数年にわたって行ったバイリンガル=2言語併用学校5校のエスノグラフィーを整理したものである。5校は具体的には以下の通り。一般的にイメージされるような「バイリンガル」学校もあれば、そうでないものもあることがわかるだろう。しかしながら、2言語以上を用いて教育を行っている点は共通しており、そして、第一言語第二言語も保持したまま「バイリンガル」として成長していく機会がが、建前上は、保障されている点も同一である。


学校の種類 学年 生徒数 主な使用言語・学習言語
ニチエイ イマージョン 幼稚園〜12学年 538 英語・日本語
チョンファ エスニック 幼稚園〜9学年 383 中国語・日本語・英語
ハル インターナショナル 幼稚園〜9学年 400 英語・日本語
スギノ小学校 公立 1年〜6年 226 日本語・児童の第1言語(特に、中国・ベトナムカンボジアラオスなどの言語)
ミドリ小学校 公立 1年〜6年 896 日本語・児童の第1言語(特に、ポルトガル語スペイン語


「建前」としては、「バイリンガル」になる道が開かれているとはいえ、実際はそうではない、それはなぜか、ということが著者の分析視角である。具体的にどの学校には「バイリンガル」の道が開かれていて、どの学校ではそうではないかは本書を読んで頂ければと思うが、それらの間の差を説明するロジックはなかなか複雑であるというのが著者の見立てである。2言語保持/喪失を説明する理論として、ベネディクト・アンダーソンの「想像の共同体論」、および、ピエール・ブルデューの「文化資本/言語資本」の理論を援用している。


なお、「想像の共同体論」については、アンダーソンよりも B. ノートン(Bonny Norton)の議論による影響が強いようだ。
参考→授業からのドロップアウトと「想像の共同体」 (Norton 2001) - 旧版こにしき(言葉、日本社会、教育)※2018年4月、新ブログに移行済み