こにしき(言葉・日本社会・教育)

関西学院大学(2016.04~)の寺沢拓敬のブログです(専門:言語社会学)。

日本における、英語の浸透とナショナリズムのジレンマ



Kawai, Yuko (2007): Japanese Nationalism and the global Spread of English: An Analysis of Japanese Governmental and Public Discourses on English. Language and Intercultural Communication, 7(1), 37-55.


グローバル化に伴い世界的に英語の勢力拡大が著しく、日本も例外ではない。同時に、「異質な言語」が「日本のウチ側」に入ってくることを意味する以上、日本の生活者のナショナリズムを刺激するものである。その様態を、2000年に巻き起こった「英語第二公用語論」およびその後の論争を事例に分析した論文。政策レベルの視点と、大衆レベルの視点という2つの対照的な観点から分析を行っている。前者のテクストには、英語第二公用語論を提案した小渕元首相の私的諮問機関「21世紀日本の構想」懇談会の文書、後者のテクストには、毎日新聞のウェブサイトに掲載された第二公用語論についての市民の声を用いている。


今まで読んできた「英語とナショナリズム」の論文では、英語学者が書いていたせいなのかなんなのか、ナショナリズム研究の研究成果が華麗にスルーされているものが多かった気がするが、本論文は、ナショナリズムの研究成果を簡潔に整理しながら、分析枠組みに利用している。さすが社会学者、という感じである。



ナショナリズムの理論家であるアンソニー・スミスにならって、ナショナリズムを民族的・系譜的(ethnic genealogical)なものと市民的・領域的(civic-territorial)なものという2つのタイプに区別している。そして前者は、本質主義的「国家語」観に、後者は道具主義的な「国家語」観に接続するという分析枠組みを提示している。非常に示唆に富むアイディアであると思う。

  本質主義的「国家語」観 道具主義的な「国家語」観
民族的・系譜的ナショナリズム
市民的・領域的ナショナリズム


分析結果は、「21世紀日本の構想」懇談会の文書には、道具主義的な言語観・ナショナリズムしか出てこず、本質主義的な考え方は出てこないのに対し(だからこそ「英語を第二の公用語に!」などという提案ができた)、一般大衆の声には、その両方が現れていた、という結論だった。


  *   *   *  


事例は英語第二公用語論なので、現代的な事象の分析を行った論文だが、戦時中の英語排撃論のころの政府・大衆、そして英語関係者(英文学者や英語教師など)の声はまた違う枠組みが必要になると思った。あと、敗戦直後・戦後復興期の英文学者(ら知識人)に見られたナショナリズムは、典型的な「復興ナショナリズム」だと思うが、英語(の持つ文化的価値)によって日本(文化)の後進的な部分が改善され、よりよい「日本/日本人」が作り出されるべきだ、という考え方がわりとよく見られ、単純に「道具主義的」にも分類できない複雑な愛憎(?)みたいなものも見える。この点を分析するとしたら、どうならだろうかなどと、興味深く読んだ。


章立ては以下の通り(見出し番号はてらさわが勝手にふった)

1. Language and Nationalism
1.1. Two views of national language
1.2. Japanese language and Japanese nationalism
2. Texts and Analysis Procedure
3. Analysis
3.1. The English language represented in the report ‘The Frontier Within’
3.1.1. English as the international language
3.1.2. English as a tool
3.2. The English language represented in public opinion
3.2.1. English as the international language
3.2.2. English not as the international language
3.2.3. English as a tool
3.2.4. English as a cultural force
3.2.5. English serves Japan
4. Conclusions
4.1. Japanese nationalism and the English language
4.2. Implications for English language teaching and intercultural communication